2015年4月27日(月)NO.6 『  はずかしい話ができる教会  』

報告時にご挨拶を下さっている美紀子さんです。北海道は札幌市から来会。ほか4名の方たちを代表してご挨拶の場面です。三浦綾子さんの読書会を日本各地で深めているお働きの縁の下の力持ちのお一人だとおもいます。
報告時にご挨拶を下さっている美紀子さんです。北海道は札幌市から来会。ほか4名の方たちを代表してご挨拶の場面です。三浦綾子さんの読書会を日本各地で深めているお働きの縁の下の力持ちのお一人だとおもいます。

われら旭東教会。

 

昨日の日曜日は、〈晴れの国・岡山〉らしい、お日様に包まれたお天気のもと、おだやかーに時を刻んで行きました。

 

遠く、北海道の「札幌」と「旭川」からそれぞれ二名ずつ、さらに、少し前まで旭川でお暮らしだった女性一名、合計五名のお客さまを迎えての礼拝を捧げました。

 

わたくし(牧師のもりでございます)たち夫婦が北海道は稚内に居りました時に、出会いを与えられた方々です。

びっくりしました。

 

**************

 

写真でピンマイクをもって挨拶して居られるのは、わたくしが数年前、余りに立派な〈大地主〉として札幌市内の専門医の元に入院なんぞいたしました折りにも駆けつけてくださった、美紀子さんです。

 

札幌市内の(日本キリスト教団ではない)とある教会の中心メンバーですが、稚内教会で奉仕をしておりました時に、聖徒の日のご遺族として来会されたことが切っ掛けで、親しいお交わりを頂いておりました。

 

この度は、旭川が生んだ、いえいえ、日本が生んだキリスト教文学者である故・三浦綾子さんのご本の読書会の関連で岡山入り。

 

日曜日の礼拝をご一緒して下さいました。

 

**************

 

今回のブログのタイトルは、ここに登場された女性方と直接は関係していません。

 

でも、無関係でもないかも知れません。

 

読書会のご一行を、倉敷・大原美術館に向けて送りだした後のことです。

 

この日、女性陣はひろーくて明るいお部屋で「ハンナの会」を行いました。

 

一方の男性陣。昔ながらの呼び方が渋い「壮年会」ですが、奥まった所にある、こころ落ち着くお部屋で(暗いということですが)会を持ちました。

 

わたくし、こちらに参加であります。

 

**************

 

創刊以来51年目を迎え、最近、充実ぶりいちじるしいとも言われる『信徒の友』の〈イースター・復活〉特集号をきっかけに語り合い、分かち合おう、という時間を正味一時間もったのです。

 

初めての参加のT房兄とわたしも居りまして、歓迎ムードに満ちた時間でした。

 

そこに身を置かせて頂いて、よかったなぁ、これこそ教会だなぁと感じたことがありました。

 

それは、クリスチャンだからこその分かち合いかなぁとも思う幾つかの場面があったからです。

 

**************

 

どなたの、どの言葉、というわけではありません。

 

が、ごくごく自然に、「なんだか恥ずかしいなぁ」と自らが感じている。

 

そういうことを、お話しすることができていた交わりがあり、それを一同静かに聴かせて頂くことが出来る空間があった。

 

わたくし、そこに、ジンワリとした感動を覚えたのです。

 

それこそが、復活をたいせつな福音として生きる鍵なのかも知れない、と感じた次第です。

 

**************

 

振り返ってみれば、朝の礼拝メッセージの中で、牧師であるわたくしも、見方によっては負の部分・己の恥ずかしい部分を言葉にしていたことを今思い出しました。

 

もしかすると、これは偶然ではなく、そこら辺りのことも見えない導線となって、4月の定例の旭東教会壮年会が、いいよなぁ、こういうおっさんたち(勿論、私も含まれます)と確信出来たのだと思うのです。

 

**************

 

教会っていいなぁ、クリスチャンっていいな。だって、恥ずかしいなぁ、と思うことをお話できるんですもの。

 

次の壮年会が、たのしみになるような会をもてて、こころから感謝であります。

 

どうぞ、いつか旭東教会へお出かけくださいませ。こころより歓迎いたします。

 

あっ、「ハンナの会」という包容力に充ち満ちた女性の会もの方も、ほーんわか、あったかな時間がもたれていたと伝わって来ておりますので忘れずにご報告しておきます。ふーっ。あぶなかったですね。end