○牧師紹介の部屋

2015年3月、旭東教会へ赴任する途中に立ち寄った東京都のど真ん中・皇居付近での一枚。桜が満開に近い頃でした。
2015年3月、旭東教会へ赴任する途中に立ち寄った東京都のど真ん中・皇居付近での一枚。桜が満開に近い頃でした。

○森 言一郎(もり げんいちろう)牧師に〈自己紹介〉をお願いしました。

 

【 なまえの由来 】
 森 言一郎(もり げんいちろう)の「げん」は、ヨハネによる福音書の第1章、「初めに言(ことば)があった」の「言」から、父が命名してくれました。

 

【 産地と家族 】
 ○九州・大分県 1960年11月29日生まれ。でも、今振り返ってみると、何度も引っ越しをしたなぁ、と実感。一番長く暮らしたのが幼少期を過ごした大分県大分市の大在という村の横塚地区(当時の地名です)。大分に帰ると友人達と大分弁で話しますが、NHKアナの使う標準語で話をすることが多い。


○博多の近くに生まれ育った妻と二人暮らし。

 

【 おおきさ 】

 ○背丈 180㎝(若干縮み始めたかも)
 ○重さ 74㎏(多分、何キロでも重くなれます)。ちなみに、母子手帳には4.1㎏で生まれたと記録あり。
 ○足のサイズ 靴は27㎝

 

【 楽しみ 】
 ○ドライブ …… 両親は免許を持っておらず自動車に憧れて育った。『世界の名車100選』が小学生の頃の愛読書。
 ○コーヒーを煎れること …… 珈琲専門店で豆を選んで焙煎を頼むところから楽しい。珈琲談義も大好き。
 ○カメラをもって歩くこと …… 腕はともかく、ブログにUPすることを楽しみにしている。

 ○聖書を味読して《分かち合うこと》もやっぱり大好き。

 

【 好きな食べ物 】
 ○ご当地のお刺身が少しあると幸せ。岡山のままかり、ホタルイカ、鯛やスズキも好き。長崎や大分の関アジも旨いと思う。前任地の最北の町稚内では、甘エビ、ぼたん海老、帆立貝、ホッキ貝などに出会えた。でも、どこにでもある「しめ鯖」でも十分に幸せであります。
 ○お料理が上手になるちょっといい話?…… 前任地の稚内教会では、利尻昆布バザーという取り組みをしました。利尻昆布で「こんぶ水(すい)」なるものを十㌘の利尻昆布と1リットルの水で作って、和洋中あらゆるお料理に使うと、ビックリするほど美味しい!と実感できます。

 

【 牧師として努力していること 】
 ○説教=福音ををわかりやすく、明確に伝えること。
 ○共に生きる方々のよき聴き手でもありたい。 

 ○賛美を豊かにと努力中。特に子どもたちとの豊かな賛美に夢を抱く。

 

【 泣き所・短所 】
 ○どうも明らかに最近涙もろい。
 ○聖書の文字や辞典類の文字が読みにくい。特に、愛用の類語辞典が読みにくくて困っている。老眼か。
  

【 長 所 】
 ○賛美歌を歌う声が大きいこと + 説教の声も聴きやすいかも知れない。
 ○意外とコツコツ頑張りますよ。

 

【 献身の原点と牧師としてのあゆみ 】
 ○20代半ば頃からの自分自身の闘病があっての信仰生活の始まりだったので、病床伝道の志がまず与えられました。

 ○福岡や新潟、最北の町稚内での伝道・牧会教会を経て、2015年4月から旭東教会に仕えています。

 

【 どんなご相談でも 】
 心がカゼをひくこともあります。わたしも経験ありです! 悩み続けず、一度、声掛けしてください。

 

【牧師になった切っ掛けなど】
 20代の頃は東京で一人暮らし。就職して一年ほどしてから、体調の異変に気づきました。入退院の生活が続き、仕事もなくし、気が付いてみたら身を置く場所がなくなっていました。

 

 神さまは不思議な道を備えれるお方でした。とある会社の営業マンとして働いていた頃、東京駅前の八重洲口から歩いて通える銀座教会の「福音会英語学校・ビジネス英会話」のクラスに通っていたのです(今も銀座教会では福音会の様々な働きが継続されています。)

 

 それが切っ掛けで、いつの間にか教会という場に、ちっぽけな自分でも居られる場所と時間が与えられ、礼拝に通うようになります。本当のところ、その頃のわたしには、教会にしか行くところがなかったのです。

 

 もちろん、キリスト者であった両親や祖父の祈りが背後にはあったのは確かですが。

 

 やがて、東京の浅草橋にある古びた薄暗い病院のベッドの上で、涙をぼろぼろと流しながら洗礼を受けました。病院。そこはわたしのクリスチャンとしての原点です。

 

 当時は命に限りを覚えることが重なり、少し切羽詰まった思いを持ちながら「居場所をくださった」イエス・キリストの福音を、少しでも病床にある方に届けたいと考えだしました。

 

 恥ずかしながらその頃の私は、まだ「召命」なんていう言葉は知りません。相談した当時の牧師センセイの「それは召命です!」の言葉を聞いて、うなずきながらも「照明?」と考えていたのですから……。

 

 それが牧師になる道のはじめの一歩でした。

 

 その後も、病気や弱さ(出会った方々、そして自分自身も)とかかわる出来事の繰り返しの中で、ゆるしと憐れみを受けながら、ひとりのキリスト者としての歩みが整えられてきたことを実感しています。神さまは、時々原点に引き戻されるのです。

 

 福岡や新潟、最北の町稚内での伝道・牧会教会を経て、2015年4月から旭東教会に仕えています。妻と二人暮らし。いろいろな出会いが楽しい。そんな日々を過ごしています。たぶん続く(また、いつか追記します) 



ダウンロード
日本キリスト教団出版局発行の『信徒の友・2014年6月号』・【神に呼ばれて・「力は弱さの中でこそ+人生の転機となった病床洗礼」】
*前任地の北海道・稚内教会時代に依頼を受けて書いたものです。それなりに信仰の歩みがわかるかなぁと思います。ダウンロードしてお読み下さい。
信徒の友・2014年6月号・神に呼ばれて・「力は弱さの中でこそ+人生の転機となっ
PDFファイル 286.7 KB