2017年7月22日(土)№ 125『 FEBCを聴いてくださった皆さんへ 』

少し前ですが、2017年4月2日(日)洗礼式が行われた日曜日のひとこま 珍しく牧師の写真をupします。
少し前ですが、2017年4月2日(日)洗礼式が行われた日曜日のひとこま 珍しく牧師の写真をupします。

こんにちは 旭東教会のホームページの「Blog・教会日記」をお訪ねくださりありがとうございます。

 

初めましての方も少し居られるかなと思います。そして、いつもお訪ねくださる方にも、感謝を申し上げます。

 

旭東教会のある岡山市東区の西大寺(昔は西大寺市でした)でも恒例の花火大会が7月15日(土)に終わり、いよいよ夏本番です。

 

旭東教会版の夏祭りとも言える、《ミニサマーフェスティバル》が7月23日(日)に予定されています。ご案内が少し遅くなってしまいました。

 

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さてさて、本題に入ります。

 

2017年1月29日(日)の朝、旭東教会の礼拝が収録されました、FEBC・キリスト教放送局の放送が、いよいよ、7月23日(日)の夜9時半からとなりました。

 

この「Blog・教会日記」。一人でもご一緒して頂ける方が居られたり、あるいは、放送後にお聴き下さったが居てくだされば幸いです。

 

ご存じかも知れませんが、FEBCキリスト教放送局はラジオではAM1566 キロヘルツでお聴き頂けます。今はインターネットで聴けますが、昔はラジオ放送だけでした。

 

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インターネット全盛の時代とも言える今、2月10日(金)からのWEBサイトからの放送の時には明確に気付かなかったことがあります。ほんとに鈍感です。

 

それは、日曜日のラジオ放送を心待ちにしてくださっている方々が、全国各地に居られるのだなぁということです。

 

想像ですが、インターネットにアクセスしにくい方というのは、ご高齢の方々がまず考えられます。旭東教会でもインターネットには無縁の方々が半数以上居られますから。

 

それから、病床などでお過ごしの方たちも、そうだろうなと思います。そもそも、ラジオだけが頼りの方には、このホームページご覧頂けませんが、それでも、何かしらのお役に立てればと思い記しています。

 

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わたくし(牧師のもりでございます)も、30数年前、東京都練馬区桜台という町の、6畳ひと間のアパートで、FEBCの電波を頼りに、窓辺で耳と心をを傾けていた頃があります。

 

なかなか電波が安定しなくて苦労しました。でも、ほんとうに楽しみにしていました。身体の調子が悪く、外にも出て行くのが難しい頃でもあったからです。

 

当時はまだカセットテープの時代でしたから、これはと思う番組が収録されたものを購入して聴いたりもしました。大いに支えられました。

 

熊澤義宣先生のヨハネによる福音書のお話には、伝道者になってしばらくの間も、教えられること多く、聴き続けていたものです。

 

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わたし自身が伝道者として歩み出す切っ掛けを与えられたのは、病床にある方々に福音をなんとしても届けたい、そういう思いからだったことを今思い起こします。

 

何をどうしてよいのか分からないままに、不思議な形で教会に導かれていったわたしですが、FEBCはそのようなわたしを側面から支え導いてくれた本当に大切な、神さまの備えられた器なのです。

 

いいえ、目には見えないけれど確かに存在する教会でした。

 

当時はインターネットも当然ない頃でしたから、昔の自分を思いながら、ラジオ放送を心待ちにして居られる方々のことを思うと、この度の放送が、主にあって用いられることの貴さ、重さを思わざるを得ません。

 

 

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以下は、旭東教会の直接の紹介ではありません。

 

でも、牧師として歩み続けておりますわたし自身の自己紹介の一助になるかも知れないと思います。そこで、2014年6月号の『信徒の友 神に呼ばれて』への原稿執筆を依頼されたものの〈編集者の手が入る前のオリジナル〉の一部をアップロードいたします。

 

あー、旭東教会には、こんな牧師が居るのだなぁ、と思って頂ければそれだけでも幸いです。今でも、「神に呼ばれて」に記したことは、伝道・牧会の原点としてたいせつにしております。

 

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      『信徒の友 〈神に呼ばれて〉 2014年6月号』より
                                                               前半部抜粋

      「 力は弱さの中でこそ 人生の転機となった病床洗礼 」

 

 私の故郷は大分県大分市の大在という浜辺の村です。父が毎朝食卓でブツブツと祈る姿を見たり、祖父が母屋の縁側で讃美歌をひとり歌い、家族で現在の大分東教会の開拓伝道に協力する環境の中で育ちました。

 

 「言一郎」(げんいちろう)という名がヨハネ福音書の「初めに言があった」によるものと教えられていましたので、自分の立ち帰るべき所は幼い頃から心に刻まれていたようです。

 

 30年前、23歳で就職した会社のオフィスは東京駅八重洲口の真ん前にありました。1年目の秋、営業マンとして勤め先から有楽町方面を歩いていると、カラーンカラーンと鳴り響く鐘の音が聞こえて来ました。

 

 銀座教会の正午礼拝の始まりを告げる「銀座の鐘」でした。最初は教会が行っていた福音会英語学校ビジネス英会話のクラスに入学しました。クリスマス会などを経て、いつしか礼拝に通い始めたのです。

 

 時期を同じくして、私は著しい体調不良を覚えるようになります。母子感染による慢性型肝炎を既に発症していたのです。今では特効薬として知られる薬(インターフェロン)が、まだ入院先の大学病院で試しに使われる時代でした。

 

 2ヶ月の入院、職場への復帰、また入院を繰り返す生活が3年ほど続きました。その後も病のコントロールが難しい状態は続きました。体力もなく、仕事も失い、身を置く場所は教会だけと感じる日々でした。しかし当時の私にとって、教会の存在そのものが救いとなっていたのです。

 

 1987年4月のイースターに私は洗礼を受ける準備をしていましたが、入院の為かなわず、後日、東京の下町にある病室のベッドの上で受洗しました。この病床洗礼が私の人生を方向付ける転機となります。

 

 そこで与えられたのは視座の変化で、言い換えるならば方向転換であり悔い改めでした。主治医がベッドの傍らに腰掛け同じ目線で語りかけて下さる時、主イエスの眼差しに通じる何かを感じ始めていたのです。

 

 あまりに単純な考え方かも知れませんが、やがて私は死を迎えたとしても悔いのない人生を送りたいと願うようになります。「主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。」(使徒言行録20:24)。そんな熱い思いを抱き始めていました。

 

 ある日、勇気を出して牧師に相談しました。すると牧師は「それは召命です」と言われました。しかし、帰り道に私の頭の中に思い浮かんでいたのは「照明」という文字でした。恥ずかしながらその頃の私は「召命」という言葉を知らなかったのです。

 

 やがて私は神学校に入学します。病を抱えていた私の献身は、客観的に見れば無謀なものだったかも知れません。

 

 しかし、神学校を卒業してから既に20年以上が経過した今も、私は牧師として仕え続けています。10数年前に肝炎完治の宣言を受け、今では定期検診だけで十分となりました。

 

 私は病床伝道を志して歩みだした者です。それゆえでしょうか。折々に召命の原点に立ち帰るようにと促されることが起こりました。寄る辺ない病の方との出会いも多くありました。

 

 8年程前、私はストレス障害からの不眠とうつを経験し、苦悩の中、現場を離れました。回り道、挫折としか思えないような全ての道が、今の伝道牧会の日々へと繋がっているのを感じています。(以下略)

 

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いつもとは違う「Blog・教会日記」となりましたが、よろしければ、どうぞ、いつでも、わたしたち旭東教会にお気軽にお越しください。

 

一同、心よりお待ちいたしております。きっと、安心して居場所を見つけることが出来るのではないか、と思いますし、いつも、そのような教会になれるようにと願い、教会の『週報』に掲げてお祈りいたしております。

 

ごきげんよう。end

 

 

2017年7月14日(金)№ 124『 拝啓 日本基督教団教育委員会さま ~ 教会学校応援セット〈 応用編!〉途中経過報告 ~ 』

2017年7月9日(日)旭東教会の礼拝堂 17時過ぎです 夏のファミリー礼拝に向けて、JCリーダーたち、スクリーンに映し出す紙芝居のお稽古に励みました (^^♪
2017年7月9日(日)旭東教会の礼拝堂 17時過ぎです 夏のファミリー礼拝に向けて、JCリーダーたち、スクリーンに映し出す紙芝居のお稽古に励みました (^^♪

 

『 拝啓 日本基督教団教育委員会さま

     ~ 教会学校応援セット〈 応用編!〉途中経過報告~ 』

 

日本基督教団 教育委員会さま
担当教育委員 望月 麻生 先生

                    日本基督教団 旭東教会 ジュニアサークル
                                            リーダー会 一同
                                お便り担当: 牧師 森 言一郎

 

主のみ名を賛美いたします

 

常日頃からの委員会の皆さまのご尽力、お祈り、ありがとうございます。

 

とりわけ、わたしたち旭東教会を「2016年度教育クリスマス献金教会学校応援セット」をお贈り頂く教会の一つに入れて頂きましたこと、改めて御礼申し上げます。

 

2017年3月3日付けで、〈目録〉と共に沢山のCS応援教材をお贈り頂き大切に使いはじめています。

 

紙芝居、書籍、教材、カード、グッズが大きな段ボール箱にいっぱい届き、本当にこころ弾む思いで、みんなで一つひとつをテーブルに並べて幼子のような思いを抱かせて頂いたことが忘れられません。

 

わたしたち、こころからの感謝の中、それ以前もそうでしたが、それ以後も、こころをこめて、旭東教会の教会学校にあたるジュニアサークルの活動を続けて来ています。

 

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プレゼントを頂いて以降、貴委員会からのご依頼を受けております「プレゼントを用いての活動の様子 その様子がわかるひと言と写真」、早々にご報告したいと思いながら、はや梅雨明け前の季節となってしまいました。

 

締め切り日は7月31日とは言え、おそくなっているなぁと思っておりました。ごめんなさい。

 

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報告が遅くなっているのには幾つか理由があります。

 

日本基督教団の各地の教会のCSの生徒の減少が言われている中、旭東教会もご多分に漏れず、生徒の在籍状況はきびしいものがあります。

 

とは言え、昨年度(2016年度)も、たとえこどもたちの姿が礼拝堂に見えなくても、朝9時からのジュニアサークル礼拝は一度も休むことなく、こつこつと続けてまいりました。

 

その時間、スタッフだけでなく、数人の会員や求道中の方たちがいつも礼拝をご一緒してくださり、まるで、大人の教会学校礼拝のような時間となり、とても豊かな時間を過ごしていました。

 

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昨年度までは、旭東教会のジュニアサークルの礼拝の形式としては、〈インタビュー礼拝〉というものをふた月に一度行ったり、午前10時15分からの〈まきば礼拝〉という「部分的な合同礼拝」と「お楽しみ会」(たこ焼き、焼きそば、紙芝居、ワッフル焼き、うどん出店等)がセットの日曜日を設けたりもしました。

 

他にも、それ以前から続けて来た完全な主日礼拝との合同のファミリー礼拝を春夏秋冬の合計4回行って来ました。

 

その他、イースター礼拝、クリスマス礼拝、岡山県東部地区の合同教会学校の主体的な企画・参与などを続けてまいりました。

 

また、ほぼ毎月発行の『ジュニアサークル通信』によるフォローや、礼拝や行事案内等も心をこめて継続してきています。

 

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しかし、2016年度の秋頃までは時々礼拝出席してくれるこどもさんがありましたが、今年度は、4月16日のイースターには親子で出席してくれたものの、それ以降、ジュニアサークルへの出席は、里帰りのお子さん達を除くと事実上ひとりもありません。

 

その他のお子さんたちも、10時15分からの礼拝に時々顔を見せてくれますが、明確に、在籍生徒と言えるようなこどもたちではなく、たまたま、主日礼拝の時間におばあちゃんやお家の人について教会に来た、という方たちです。

 

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もちろん、わたしたちも手をこまねいたまま過ごしているということではなく、旭東教会の近年の文脈に沿っての努力を一所懸命に続けております。

 

2017年度からは、積極的な祈り、思いをもって、9時からのジュニアサークル単独の礼拝は休止。

 

10時15分からの主日礼拝の中で、ジュニアサークルの時間をもつ形での礼拝に切り替えたのです。

 

ここには、今、わたしたち旭東教会が進めて行くべきことは、〈教育〉であるよりも、〈共育〉だという基本理念があります。

 

また、そのような歩みを、この4月の定期教会総会で旭東教会として確認したからです。

 

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こどもにも伝わる聖書のお話は、教会にお出でになりはじめて間もない方々(いわゆる求道者)のみならず、古くからの信徒さんたち、そして、ジュニアサークルのスタッフ達にとっても学びになることが多く、わかりやすいものです。

 

そして、こどもたちだけ、あるいは、ご家族での朝9時からの礼拝出席のハードルが様々な理由で高いというその現実は、変えようにも変えられないこととして、教会全体で確認したのです。

 

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ここまで、だらだらと記しているお便りとなり申し訳ありません。

 

ようやく、教会学校応援セット関連の報告のお話です。

 

2017年4月以降の数ヶ月、旭東教会では主日礼拝の中に、ジュニアサークルの時間を『週報』の〈式次第〉の中に明確に設けて礼拝を続けております。先にも触れましたが、日曜日には、こどもさんの姿が見えないことがほとんどです。

 

が、それにもめげずというのか、必ず時が来るのだという祈りをもって、聖書を読み、10分以内のショートメッセージをし、祈りを合わせ、賛美し、こどもたちや保護者のため、地域のこどもたちを覚えて祝祷をすることを続けてまいりました。

 

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来たる、7月23日(日)の夏のファミリー礼拝の日曜日には、貴委員会よりお贈り頂いた教材の中から、『5つのパンと2ひきのさかな』という紙芝居を選んで上演いたします。

 

しかし、その上演は、類い希な方法での上演とすることにいたしました。

 

なお、その日の礼拝では、紙芝居のあとに、牧師が紙芝居の内容と同じ聖書箇所から説教もいたします。

 

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少しオーバーかも知れませんが、類い希な方法での紙芝居の上演とは何かについて少し記します。

 

礼拝出席30人前後の旭東教会の礼拝。親子室なども入れれば、講壇からの距離はそれなりに遠くなります。

 

これまでも、3年前から、子どもたちへのメッセージの時に、私たちは紙芝居や絵本をしばしば利用してきましたが、主日礼拝の時、礼拝堂に居られる方たち全員に、紙芝居の絵がしっかりと見える状態か、と言えば、決してそんなことはないと思います。

 

見えにくいはずですし、何となくしか見えないのかも知れません。あるいは、最初から絵を見ることは諦めている方が多く居られるかも知れないのです。

 

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そこでわたしたち、〈共育〉の視点から、礼拝堂に居るみんながしっかりと紙芝居の絵を見ることができる方法を求めました。

 

それは、紙芝居をPDF版の画像にして、プロジェクターの使用によって礼拝堂の前方のスクリーンに大きく映し出すことにしたのです。ペンテコステ礼拝で、既に、とある題材を用いて映してみました。

 

これらを準備するのには時間も経費も必要でした。いろいろと調べて見ました。業者さんの知恵も借りました。何しろ、照明による調整やカーテンが備わっていない明るさの中では、プロジェクターで投影する絵は見にくいものだからです。

 

音声も皆さんに届くようにするには幾つかの配慮が必要です。スクリーンの設置についても、旭東教会では礼拝の中では初めてのことになりましたから、いろいろと心配りをして、リーダー会、役員会の相談・了解を経てというステップも踏みました。

 

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このホームページの「Blog・教会日記」にも掲示する写真は、7月23日(日)の夏のファミリー礼拝に向けてのスクリーン上映での紙芝居のお稽古中のものです。

 

7月9日(日)の夕方、初めての準備を始めたところを撮影いたしました。

 

リーダー会のメンバーは、皆さん教会のとある会議のメンバーに重なっているため、お稽古を始めたのは会議が終わって間もない17時頃でした。だいぶ疲れ気味の時間だったはずです。

 

しかし、リーダー会のメンバーは、紙芝居の役割を一人二役などは当たり前のこととして分担し、楽しくお稽古をし、笑顔で解散することがでたのです。

 

なにより、このようなスタッフたちの前向きな姿勢とその笑顔に安心いたしましたし、牧師として励まされました。希望を抱きました。

 

そして、このような形での上演でしたら、こども以外のあらゆる年代の皆さんも、今後は紙芝居はもちろん、頂いた数多くの〈絵本〉も一緒に楽しみながら福音にあずかれるのではないか、と期待いたしております。

 

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まだ、夏のファミリー礼拝の7月23日(日)が来ているわけではありませんが、このたびのお便り、旭東教会自慢のホームページ「Blog・教会日記」のページに公開する形で、日本基督教団教育委員会の皆さまにお送りいたします。

 

地方教会における、いいえ、旭東教会独自の精いっぱいの〈キリスト教共育〉〈教会共育〉の取り組みが、主の喜ばれる働きとなりますよう、お祈り頂ければ幸いです。

 

後日、ひと言の〈ご報告と写真〉、間違いなくお送りしますので、しばらくお待ちくださいませ。

 

皆さまの上に、主イエス・キリストの恵みと祝福豊かでありますように、こころよりお祈り申し上げます。本当に、皆さまのご努力を有り難く思っています。ありがとうございます。

 

                                      主にありて 感謝しつつ

 

 


ミニ写真館 クリニックで大ーきくなります 説明文もでてきますよ



2017年7月1日(土)№ 123『 こんな〈祈祷会〉もいいんだね 』

ブログでご紹介する本がこちらです。残念ながら絶版です。
ブログでご紹介する本がこちらです。残念ながら絶版です。

 各地の教会での祈祷会。

 

いろいろな学びの仕方を工夫していることと思います。

 

聖書を学ぶ場合、牧師先生の講義がまず一般的でしょうか。

 

他には、信徒さんの持ち回りでの発表形式、あるいは、幾つかの聖書の翻訳をみんなで味読し、感じたことを分かちあうスタイルもあります。

 

勉強熱心な信徒さんが、牧師になりかわり、毎週の聖書研究を担当、という話も耳にすることがありました。

 

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神学生時代に厳しいご指導を下さったO先生。

 

信徒さんに聖書研究を委ねる際、注解書の類いは読まないこと。新共同訳以外の他の翻訳と読み較べだけを約束事としている、と仰いました。

 

そして、自分は、解説をしないぶん、それ以上に丁寧に学んでいると言われたこと、忘れられません。

 

とにかく、ご自身にも厳しい姿勢をさいごまで持ち続けた先生です。

 

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その他、ときどき見かけるのは、ある先生の説教集をみんなで読み進めるというパターンです。

 

親しい同級生の友人牧師が『風に吹かれて散らされて―使徒言行録からの宣教―』(星野正興著)を祈祷会か幼稚園の先生方との学びで読んで好評だった、と話していたことがあります。

 

それから、関東教区のある先輩は、日本基督教会の蓮見和男先生の「聖書の使信 私訳注釈・説教」シリーズを祈祷会で順番に読んでいる、と言われていたのを記憶しています。

 

また、関西以西のとある教会では、松本敏之牧師の『マタイ福音書を読もう1・2・3』を祈祷会で学んでいるとお聞きしたことがあります。

 

他には、『信徒の友』を読む会を月に一度行うとか、分かち合いのしやすい本を探してきて、さまざまな語らいと交わりを大事にする、という形もときどき耳にします。

 

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上の写真の本。

 

ご覧の通り、故・清水恵三先生が1982年に書き上げられた『イエスさまのたとえ話』(日本YMCA同盟出版部・絶版、出版社そのものが消滅)という本です。

 

清水先生のご本、『手さぐり信仰入門』『手さぐり聖書入門―マルコ福音書による黙想―』『辺境の教会』など、一見すると小さな書のように見えますが、わたくし(牧師のもりでございます)神学生時代から大切にして来たものです。

 

新潟県妙高市にある新井教会(兼務教会)在任中に、清水先生の奥さま、お嬢さん、そのお子さん方が礼拝に出席して下さって、とても楽しいひとときを過ごしたことを思い出します。

 

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旭東教会の祈祷会では、普段は詩編の学びをコツコツと続けております。現在64篇まで進みました。

 

が、この5月からは『イエスさまのたとえ話』に取りあげられている〈譬え話〉を順番に読み始めたのです。全部で18話あります。詩編ばかりでは少しバランスも悪いかな、と思ったりもしました。

 

そして、入門間もない方にとって、福音書はやはり親しんで頂きたい大切なもの。

 

そこで、名づけてという程ではございませんが、「福音書を読む祈祷会」を毎月最初の木曜日に行うことに致しました。

 

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これまで「羊飼いのよろこび」(ルカ福音書15:1~7)「種まきの結実」(マルコ福音書4:2~20)と私なりに準備をし皆で聖書を味読しました。

 

ところが、今週は十分な準備ができない状態が勃発。しどろもどろで薄っぺらい何かを語るよりも、思いきって、清水恵三先生のご本そのものを皆さんにコピーして配り、少しずつ解説、という仕方をとったのです。

 

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蓋を開けてみて気付いたことがありました。

 

清水恵三先生のご本の内容。実に素晴らしい!

 

私が1989年に神学校入学を目指し、東京銀座の教文館の書棚で見つけたのがこの本でした。

 

過去問題に、「イエスの譬え話について あなたの知る所を述べなさい」という一見するとやさしそうに見える問題があったのです。

 

おそらくこれ、川島貞雄先生という新約学の大家がつくられた問題です。川島貞雄先生は、わたしの入学直前まで、日本聖書神学校で教鞭をとって居られた方です。

 

あまりに出来の悪い受験生たちに頭を抱え、何とかお情けででも入学出来るように、少しでも答えられそうな問題を、と考えて下さったのだろうと想像します。

 

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この度は、素晴らしい!と感じた本に違いありません。

 

でも、初めて、清水恵三先生の『イエスさまのたとえ話』を買ってきて、東京は練馬区桜台の6畳ひと間のアパートで読みはじめてしばらくすると、わたしはひどく落ち込みました。

 

この本。教文館のあの膨大な本棚の中で、一番わかりやすいと思って買ってきたはずなのに、「俺にはどれも、ようわからん」と音を上げてしまったのです。

 

その中でも、一番易しそうにみえた譬え話を頭にたたき込み、もしも譬え話の問題が出たら、自分なりに答案書きすることが出来るようにして入試に臨んだのです。

 

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アパートで落ち込んでからおよそ30年が経過。牧師になってからもだいぶ時間が過ぎました。

 

この度、あらためて読んでみたのですが、感触としては、やっぱり一読してわかるものではない、と思ってしまいました。

 

うーん、これは、信徒の皆さんにはだいぶハードルが高いのではと心配になりました。でも、時間がない。

 

木曜日の朝、コピー機の前にたち、10時からの祈祷会に臨んだ、という次第です。

 

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わたくしも、だいぶ図々しくなったのかも知れませんが、清水恵三先生のご本を、少し読んでは解説。少し寄り道、気付いたことを語る、ということをしながら学びの時を持ちました。

 

結果、これがよかったのです。わたしも楽しいし(牧師がたのしんでないと皆さんも退屈になります)、好評でした。

 

わたしにとっても発見することが多かったのはもちろんの事、信徒の皆さんも、たぶんお宅でひとりで読んでも、ほとんど頭に残らなかったのではないか、と思います。

 

ですので、わたしの付け焼き刃の解説でも、少しはお役にたったかも知れません。

 

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何より感銘を受けたのは、清水恵三先生の存在の分厚さというのか、奥行きの深い解説、論述です。

 

本当にこの本、並大抵の内容ではございません。

 

清水恵三先生は、農村伝道神学校の教師もなさった方ですので、農業に造詣が深いというのか、「麦と毒麦」のみ言葉を読み解くにしても、農作業のご経験からの言葉が、いちいち深いのです。

 

お勉強しましたよ、ではないのが直ぐに分かる。マイリマシタ、はい。

 

そして有難かった。

 

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教会に限らずですが、読書会というのを耳にすることがあります。そうです、この度の祈祷会、もしかするとその読書会に近い感じの時間になったかも知れません。

 

あるいは、大学などの聖書学のゼミナールの雰囲気もありました。

 

何しろ、単なる信仰の書のレベルを超えて、様々なコンテキスト(一般に文脈とも言います)と呼ばれるものにやさしく触れていたり、福音書記者やわれわれの生活の座そのものも、ごく自然に考えさせて下さる。

 

こういうことが自然に出来るのは珍しいことだと思います。だいたい、何かしら鼻につくものがあったり、心には何も届かない研究書というものが多いのです。

 

でも、このご本。違います。太鼓判を押せるなと思います。

 

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と言うことで、わたくし、次回からはもう無駄な抵抗は止めて、清水恵三先生の『イエスさまのたとえ話』を毎回みなさんで読み進めることに致します。

 

だいたい、月初めに行うのですが、感想を語って下さった教会のメンバーも、「教会のこの時間に皆で読むのなら、このほかの箇所も読んでみたい」という主旨の言葉を口にしておられたと思います。

 

信仰生活の長い方でも、「もしも自宅で、独りで読んでいたら、自分にはわからなかったと思います」と言われていました。

 

たぶんそうだろうと思います。

 

先生役のわたしですら、全くその通り、アーメンと感じます。

 

やっぱり、教会という場で、ふさわしい状況をつくって皆で学ぶって、あらためて楽しいなと実感いたしました。

 

しかも、あちらこちらへの寄り道を皆でできるのも心地よいものです。結果的にそのほうが、大切なことも心に残るのです。

 

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この度の経験。これもまた、神さまからのお導きに違いありません。

 

こういう学び方もあるのだよ、力むことなく、良書を用い、みんなで楽しく学びを深めるのもよいもの。そう気付かせて頂き心から感謝しています。

 

あなたも、ぜひ一度、旭東教会の木曜日の朝10時、夕方は19時半からの祈祷会。ご一緒して下さい。心よりお待ちしています。end