2017年5月26日(金) № 117 『 僕 どうしましょう ~歴史的な変革を前に~ 』

今週のお写真。〈ひつじさん〉が旭東教会の玄関ホールでつぶやいているところです。
今週のお写真。〈ひつじさん〉が旭東教会の玄関ホールでつぶやいているところです。

 

 

 

今週の写真。

 

時々姿をあらわす〈ひつじさん〉が旭東教会の玄関ホールでつぶやいているところです。

 

「僕も、このまま入っていいのかなぁ。今までは遠慮してたんだけど、これからは、僕たちもOKなの?だいじょうぶかなぁ」と(想像にすぎませんが)。

 

というわけで、先週に引き続き、旭東教会の会堂に外履きのままお入り頂けるように、という創立115年を迎えようとしているわれわれにとっては、・・・・・・

 

実は、もしかして記録に残すべき《 歴史的大変革? 》のお知らせであります。

 

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あれは4月23日(日)のこと。

 

礼拝後にひらかれた定期教会総会の資料には、以下のことが、役員会からの提案ですが、宣教基本方策として掲げられていました。

 

本当に一番最初の方にです。

 

1.【礼拝を通しての伝道】
(1)日曜日に「集まろう」・「招こう」を大切に
①「高齢者」が安心して集うための配慮と努力に力を注ぐ、とりわけ、会堂での土足解禁を早期実施する。(以下略)

 

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そして、総会での決定を受けて役員会であれやこれやの準備をし、5/21の『週報』のお知らせ欄に報告された内容が、以下の文面でした。

 

○《会堂の「土足解禁」(*役員会決定) 次週・5/28(日)に決定》
 ハイヒール、金具の付いている靴、下駄などを除き、スリッパへの履き替えなしでお入り頂きます。親子室と講壇は履物を脱いで使用します。なお、激しい雨天時などはスリッパへの履き替えをお勧めする場合もあります。お掃除の仕方等については共通理解が出来るように配慮する努力を致します。

 

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お掃除当番の方たちの負担が大きくなってしまうのは、とても心苦しいことでかなり色んなことを考えました。

 

ですから、あれこれ、まだ途上なのですが、今まで以上に、歴史ある旭東教会の会堂が美しく保たれるように、と心配りしていきたいと考えています。

 

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実は、ここで記させて頂いている内容を、先だって開かれた、岡山県東部地区の教会協議会の席で、旭東教会報告の一部としてお話しました。

 

「・・・かくかくしかじかでありまして、旭東教会、次週から、会堂の土足解禁しますよー・・・」とお話したわけです。

 

するとどうでしょう。

 

思った以上に(表だっての質問は一つもありませんでしたが)、たぶん、間違いなく、「ほーっと」という表情をした仲間たちが多かったと思います。

 

想像いたしますには、スリッパへの履き替えをしている教会の先生方も、いつも、どこかに引っかかりを覚えたり危ないなぁと感じていながら、具体的な一歩を踏み出せないのではないか、というようなご様子です。

 

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そういうわけで、わたしたち旭東教会、来たる5月28日(日)の朝からは、外履きのまま建物にお入り頂けることになりました。

 

写真の中にある玄関先にある写真立て型のご案内も、泰さんが工夫してつくってくださったものです。

 

新たな出来事がどんなふうに起こるのでしょうか。

 

たとえ苦労があったとしても、みんなで、心を合わせて神さまが喜ばれること、示して下さったことに仕えて参ります。

 

「始めてよかった感」(とある工務店さんが、なにかやるなら、こういう感じがなくっちゃね、とポット口にされたお言葉です、かなり説得力ありました)溢れる日々が始まりますように、とお祈りしている次第です。

 

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いずれまた、続報を「Blog・教会日記」でもお届けできると思います。

 

どうぞ、近くの方、遠くの方、旭東教会の礼拝や集会、どのような時でも、遠慮なくお出掛け下さい。

 

そして、もしも悩んでおられるのでしたら、もうこれ以上悩まないで、気軽にお出掛け下さい。教会員一同、心よりお待ち申し上げております。

 

誰よりも、救い主イエスさまが待っておられます。end

 

 


2017年5月19日(金) № 116 『 だから ドキンはおわります 』

2017年5月19日(金)の15時過ぎ、お試しでお借りした、ダスキンさんのお掃除ロボットの働きぶりを、旭東教会の頼りになる電気屋さん?正さんに見てもらっているところです(^^♪
2017年5月19日(金)の15時過ぎ、お試しでお借りした、ダスキンさんのお掃除ロボットの働きぶりを、旭東教会の頼りになる電気屋さん?正さんに見てもらっているところです(^^♪

新車の土足禁止のお話?

 

いえいえ、そういうことではありません。

 

わたしたち旭東教会の会堂。ごくごく当たり前のように、玄関先でそこまで履いてきたはき物を脱いで、スリッパに履き替えて来ました。

 

それにまつわるお話です。

 

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でも、来たる、5月28日(日)からは、基本的にスリッパへの履き替えはなくなるのです。

 

それでもですね、実は、玄関先のスリッパを撤去するわけではないのです。例外があります。

 

もしも、みんなが長靴を履いて来るような激しい雨模様のとき(日曜日の礼拝の時間がぴったりそうだったことはこの2年間はありません)などは、会堂内が滑りやすくなるといけないので、元気な方たちは、スリッパへの履き替えをお願いする。

 

或いは、ほんとうに恐縮なことですが、ピンヒール?というのでしょうか。

 

歩くと、こんこんと音がするような御靴。かかとの所に金具を打ち付けている履物。そして下駄を履いて来られた方には、スリッパへの履き替えをお願いすることに今のところなっています。床のつよさの問題もあります。

 

とにかく、そんな計画が動き始めました。

 

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わたくし(牧師のもりでございます)の個人的な記憶をたどるならば、信徒の時代も含めて、比較的規模の大きな教会では外履きのまま教会内で過ごすことが多かったと思います。

 

まぁ、200人、300人の方たちが、玄関先でヨッコラショというのは物理的にあまりに効率が悪く、とにかく危ないですね。

 

でも、わたしたち旭東教会のように、礼拝にお出でになる方が30数人~40人程の教会ですと、余程のことがない限り、あるいは、貸部屋で礼拝を守るという状態でなければ、スリッパへの履き替えることの方が多いのではないか。

 

そう思います。

 

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旭東教会の土足解禁のきっかけ。

 

振り返って見ますと、半年ほど前、ある方が玄関先でき物を履き替えようとしていたとき、コロンと転ばれました。

 

恥ずかしながら、わたくし、「あー、これくらいなら」とこころの中で思ったのです。

 

本当に恥ずかしいです。

 

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実はわたくし、小学校4年生の頃からサッカー少年となりました。

 

Jリーグなんてない頃です。

 

大分市立大在小学校で、かっこ良かった伊南先生のご指導を受けつつ、サッカーに夢中になりました。

 

フィールドプレーヤーとしての実力のなさ(それでも中学時代はキャプテンでした)を自覚したわたくし、高校1年生の頃からGK=ゴールキーパーに転身。

 

当然、飛んだり跳ねたり、転がったりの練習に明け暮れました。つまりそれは、転んだときの受け身が上手になった、ということでもあります。

 

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しかし、一人の方が目の前で転倒されたことは心の中に深く刻まれました。

 

そして、他の方にも同様のことが起こる可能性は十分あるのではないか、ということが気になり始めたのも事実でした。

 

ですから、応急処置として、はき物を脱いだり履いたりするときのための丸椅子を玄関先に置いたりはしました。

 

でも、利用される方はほとんどおられない。

 

そして、それ以降も、玄関先で幾人もの方たちの「おっとっとっと-」を見かける状態が続いて来たという次第です。

 

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今年の2月末でしたか、東中国教区の交換講壇として、倉敷水島教会をお訪ねした時のこと。

 

1年半前、松井初牧師の就任式でお邪魔したときは靴を脱いでいたはずなのに・・・。

 

な、な、なんと、土足解禁になっている!ということに気付いたのです。

 

倉敷水島教会でも、丁寧な準備をして来られたようですが、土足解禁となって失ったものは殆どない、ということを教えて下さいました。

 

その事実も大きかったと思います。

 

やっぱり、よその教会にお邪魔して、あれやこれやに触れることは意味あることだなぁと思う次第であります。

 

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今、わたしたち旭東教会に求められていることは何だろうか。

 

そう考えてみますと、実は、安心かつ安全な環境が、教会の中にも必要だということも間違いなくあげられると思います。

 

実は、旭東教会ではこの一年間で、冷暖房の施設を新型に変えて行きました。

 

とりわけ、火の気や、触ると大やけどするようなストーブなどがあぶないわけですが、それを取り去って、FF型の微温風式ファンヒーターとエアコンに変えたそのきっかけ。

 

それもやはり、元気な子どもたちに事故が起きたり、或いは、年齢に関係なく、思いがけない転倒事故が起きたら大変なことになると考えたのです。

 

そういうことが、冷暖房の施設のあり方についての検討を急ぐきっかけとなり、グイグイと設備を整え始めたことに結び付いていることを思い出しました。

 

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バリアフリーという言葉があります。

 

やはり教会にも、いえ、教会でこそ、深い意味での〈こころのバリアフリー化〉のための努力が必要です。

 

それと同時に、教会の中でお怪我をすることなどありませんように、という安全面でのバリアフリーを徹底して進める必要がある。

 

まことに遅ればせながらですが、気が付いた次第です。

 

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わたしのたいせつな先生のお一人に、関田寛雄先生(牧師)という方が居られます。

 

フーテンの寅さんをこよなく愛し、寅さんの語る言葉を説教で紹介されるお方であります。

 

そしてもう一方では、気骨ある行動と発言を、愛をもって徹底してなさる先生です。

 

実践神学の先生に違いありませんが、生き方について、深く、その横顔や後ろ姿を通して教えて頂いて来ました。もちろん、正面からも学ばせて頂き、心から尊敬するたいせつな方です。

 

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その関田寛雄先生の、さいごの大きな論文集の題が『「断片」の神学』(日本キリスト教団出版局)というものです。

 

そのご本のはじめに、こう記されています。

 

【解放と救済の事件はいつも特殊な状況において生起するもの・・・・・・・「今とここ」に立つ以外に神学的発言の場はない。神学の「断片」的性格は歴史的に生きる神学にとっての必然なのである】

 

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むつかしい言葉を引用してごめんなさい。

 

わたしなりに、翻訳しますと、こうなります。

 

【机の上でいろいろ考え続けても、なにも始まらないのです。どこかの神学者の語る大問題を引っぱってきて、議論をかわしていてもなにも変わりません。

 

 でも、あなたの生きている場で、あなたが傷つき、傷つけてしまった、ほんとうに小さな、ちいさなカケラにしか見えないようなこと。

 

 そのことに、心血を注ぎ、まごころをもって誠実に取り組んで行くときに、イエス・キリストの救済のできごとに通ずる真理の道が見えて来る、今、わたしはそのように確信しています。】

 

おそらく関田先生は、こんなふうに言われているのだろうと思います。

 

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随分時間が経ちましたが、それでも、ようやくスタート地点に立とうとしています。

 

われら旭東教会。

 

何かがきっと新しくなるはず、そう信じて、心をひとつにして歩み出します。end

 

 


2017年5月13日(土) № 115 『 童心に帰ろう 礼拝での紙芝居や絵本の力 』

2017年5月7日の主日礼拝 子どもたちは最前列で紙芝居に集中 おとなの皆さんも、たぶん集中(^^♪
2017年5月7日の主日礼拝 子どもたちは最前列で紙芝居に集中 おとなの皆さんも、たぶん集中(^^♪

旭東教会の10時15分からの主日礼拝。

 

よその教会の礼拝を見ているわけではありませんので、簡単に比較はできませんが、紙芝居や絵本が登場することが多いと思います。

 

それだけではなく、キリスト教の名場面が描かれている絵画の紹介も時々しています。

 

わたくし(牧師のもりでございます)、それらを使って説教をすることがあるのです。

 

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紙芝居や絵本は、日曜日に教会にやって来る子どもさんが、ぱらぱらっと居られますから、その子たちに向けて一応読むわけです。

 

もちろん、子どもさんは喜んで聴いてくれます。

 

でも、どうやらそれ以上に、おとなの方々も、グーッと引き寄せられて、世界に入っていく気配を感じます。

 

ジュニアサークル(教会学校)の時間、他のスタッフが、ご自分で描いた絵を使ったり、絵画を持って来て下さったり、紙芝居のある場面だけをピックアップしてメッセージを語ることがありました。

 

そういう場面は、聴いているわたしもとても楽しみでしたし、大好きでした。

 

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5月7日(日)は、旭東教会に生まれる前からやって来ていたはずの〈Y・泉さん〉が、神戸からゴールデンウィークということで里帰り。ご主人さまとお子さん三人と共に、礼拝に出席してくれました。

 

前日夜、「泉さん、明日は旭東教会で、礼拝ご一緒できそうですか?」とメールを入れましたら、「楽しみにしています」とのお返事を受けて、迷子の小羊の紙芝居を選んで準備いたしました。

 

今年年長さんのはるちゃん、〈もりせんせい に Love ラブ〉なのが感じられて、こちらもはりきってニコニコです。

 

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やるとなったら、なりきってやるしかありません。

 

羊飼いや、迷子になるメー子、そして、お友だちなどの声を使い分けながら(のつもり)、頑張りました。あるいはいつもガンバッテます。

 

さすがに、会衆席の皆さんが、どんな様子で紙芝居をみて、聴いているのかわかりません。

 

というよりも、席の方をみる余裕もありません。紙芝居の名人のような方はどうするのでしょう。

 

でも、空気としては、おとなの方たちの多くも、おそらく童心にかえって、10分弱の時間を豊かな気持ちで過ごされたのではないか、と思います。

 

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岡山県内のとある教会の礼拝や説教についてお話を聴く機会がありました。

 

いろいろと刺激を受けるお話でしたが、ここでは説教だけに絞ってご紹介します。

 

「わたしたちの教会の説教は教会学校の子どもにわかるお話しかしません。皆さんよろこんで聴いてくださいます」とハッキリと言い切られました。複数の牧師で牧会されている教会ですが、互いに約束を確認して、徹底されているとのこと。

 

さらに、何年か前から、礼拝では福音書だけしか読まないと決めたそうです。つまり説教はイエスさまのお話だけだそうです。

 

そちらの教会、イースターに6名の方が受洗予定とその頃お話になっていました。

 

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迷子のメー子の紙芝居。礼拝から数日後、5月11日(木)の祈祷会でも助けになりました。

 

詩編を学び続けている旭東教会の祈祷会ですが、2017年度は、月に一度、福音書の譬え話を学ぶことにしました。

 

その第一弾が、ルカによる福音書15章1節~7節の「羊飼いのよろこび」の箇所だったのです。

 

肝心な骨組みや文脈についての解説のあと、黙想の時間を6分程もちました。

 

わたし自身が、迷子のメー子の紙芝居から大事なことを示されていたことに気付いたのです。

 

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実は、紙芝居の中に、羊飼いのおじさんが、崖から落ちてケガをしているメー子を助けに、傷つきながら危険を顧みずに降りて行く場面がありました。

 

福音書そのものには、もちろんそのような描写はありません。

 

でも、迷子になった羊を捜しに出掛ける羊飼い。

 

何の危険もなしに、旅行気分で、99匹の羊たちを残してのんきに出掛けたなんて考えるのは間違いでしょう。

 

実に傷つきながら崖を駈け下りるその羊飼いこそ、十字架の上で、わたしたちの罪のために命を投げ出して下さったイエスさまだということが、紙芝居の一場面には預言されていたのです。

 

とわたしは黙想していて気付いたわけです。

 

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余韻が数日は残るような説教にふれられる日曜日は幸いです。

 

聖書を読み直してみたいと思いました、なんていう言葉を聴いたら牧師みょうりにつきます。

 

それぞれの暮らしの中で、聖書の場面が立ち上がってくるような日曜日の礼拝。気がついたら賛美を口ずさんでいるわたしに気がついたら、なんと豊かなことかと思います。

 

教会の皆さんの理解とお支え、お祈りを頂きながら、迷ったり、悩んだりしながら、今の時代の旭東教会にふさわしいものを求めながら、わたしはこれからも、紙芝居や絵本も積極的に活用して、福音を語っていきたいと願っています。

 

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旭東教会の礼拝堂。

 

天井がとーっても高くて気持ちのいい空間です。

 

講壇からそう遠いわけではありませんが、礼拝堂後方のお席の方たち、親子室の方からは、紙芝居や絵本の絵がどの程度見えるのか、見えないのかが気になるところです。

 

プロジェクターに絵を取り込んで大きく写し出す、という方法も考えられます。そうすれば、何人かで、役割分担もしやすく、一人で何人もの声を使い分けなくてもいいかも知れません。

 

あれこれを、スタッフと相談しながら取り組んでみたいなぁ、と楽しみにしています。

 

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紙芝居や絵本で聖書を伝えること。

 

それは、教会や聖書、キリスト教が初めての方々にとっても、たぶん、ハードルが低くて、馴染みやすいものではないかと思います。

 

もちろん、ガッチリした説教をと思われている方々のために、わたくし、そちらも一所懸命準備をしてメッセージしていますので、心配なくお出掛け下さい。

 

どうか皆さま、旭東教会の礼拝で童心に戻ってみて下さい。

 

いいものですよ。会員一同、初めての方々のご来会を心よりお待ちしています。end

 


2017年5月4日(木) № 114 『 集まろう! キリスト教基礎講座 』

2017年4月30日(日)朝9時10分過ぎ 「キリスト教基礎講座」の時間のひとこま。この日は「キリストの十字架と復活」を学びました。手前と右側にも参加者が居られますよ(^^♪
2017年4月30日(日)朝9時10分過ぎ 「キリスト教基礎講座」の時間のひとこま。この日は「キリストの十字架と復活」を学びました。手前と右側にも参加者が居られますよ(^^♪

大型のゴールデンウィークですねぇ。

 

車の通り、人の動きも、ここ西大寺でもいつもとだいぶ様子が違います。そして、旭東教会も、国民の休日は定例集会がお休みです。

 

普段でしたら、朝10時と夜は19時半から「祈祷会」があるのですが・・・・・・もちろん休会。

 

今、木曜日の午後、そして夕方になりましたが、ついついパソコン画面に向かってしまうのが、いいのか悪いのか。

 

小学生位までの子どもが居れば、どこかへ遊びに連れて行ったり、キャッチボールをしたり、図書館に行こうか、みたいな事もあるのかも知れませんね。

 

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さてさて「入門講座」あるいは「求道者会」。

 

そんなタイトルの集いがある教会は多いと思います。教会の規模によっても会の持ち方はだいぶ違いが出てくるもの。

 

旭東教会はどうかと言いますと「キリスト教基礎講座」という会を行っています。

 

1年前から始めましたが、2017年3月までは土曜日の午後、月に2度のペースで開いて来ました。

 

数名の熱心な参加者が居られましたが、土曜日・日曜日と続けて教会に来るのがたいへんな方が居られること。土曜日は仕事や所用のため、ぜったいに出席出来ない方も居られます。

 

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そこで、今年度、4月からの「キリスト教基礎講座」。土曜日午後の開講をあらため。日曜日の朝9時10分~9時55分に時間を変えて開講することに致しました。思いきって短い時間にしています。

 

この「Blog・教会日記」の常連メンバーの方はご存知かも知れませんが、3月末迄は、ジュニアサークル=教会学校が、毎週朝9時から行われていました。少なくとも30分、礼拝の時間がありました。

 

もろもろの事情の中、ジュニアサークルは10時15分からの主日礼拝に移行する形で続けて行くことになりましたので、9時~10時くらいまでの時間に空白ができた、というわけです。

 

それじゃあ、おとなの教会学校とも言える、「キリスト教基礎講座」の時間が持ってこれるのではということに気付き、何の心配もなくお引越してきた次第です。

 

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4月30日(日)の朝、「キリスト教基礎講座」に参加された方々を少しご紹介。

 

一番に到着したのは、過日、洗礼の恵みにあずかったばかりの寿子さんです。

 

土曜日はお仕事の都合で参加は無理。そして何より、受洗はしたけれど、まだまだSTART地点に立ったばかり、ということで、「まさにどんぴしゃの会です」と喜んで参加して下さいました。

 

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他にも、礼拝に毎週出席し始めてから3ヶ月程の親子のお二人とそのお母さま(昔の旭東教会教会が学校の生徒さんです)。

 

更には、先日まで、子どもたちの姿が見えなくても、ジュニアサークルの奉仕者として説教したり、オルガンを弾いたりのご用に当たってくれていた方たちが3名。

 

そして、JC礼拝を楽しみに参加して下さっていた93歳と91歳のお二人。教会から徒歩3分の所にお住まいの幸子さん。

 

というような具合で総勢11名が集いました。

 

その日は「キリストの十字架と復活」について、このあとご紹介するテキストをもとに学びました。一度では終わらず、次回、5月7日(日)も、更にもう少しお勉強いたしましょう、ということで散会いたしました。関連する聖書を殆ど開けなかったので、続きの時間をもちます。

 

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たぶん、参加された皆さん、それぞれの立場でたのしく学ばれたのではないかと思います。時間も45分という限られたもので、集中力が途切れる前に終了です。

 

もしこの講座の名前が、「求道者会」「入門講座」だったら、自分には無関係、と感じる方が多いかも知れませんし参加できないのではと思われるかも知れません。

 

でも、「キリスト教基礎講座」だと、信仰の大ベテランも含め、だれもが安心して参加できるのです。

 

もっとも、この日の参加メンバーにもハッキリと伝えましたが、誰に照準を合わせてお話しするか、と言えば、一番の初心者に合わせます、という時間にしています。

 

ところが、それでも、大先輩方にとっても、刺激のある学びの時間となっていくから面白いのです。

 

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現在、「キリスト教基礎講座」のテキストに使っているのは、『求道者 伝道テキスト』(鈴木崇臣・すずきたかひろ、地引網出版、750円)です。

 

鈴木崇臣先生は、わたしが青年会に属するような年代の頃お世話になったのですが、とにかく、伝道への熱意はお若い頃から第一線を退いた今に至るまで、まったく変わらないとお見受けします。1年前、鈴木先生のお宅に電話。こんな風に使う予定ですよ、と奥さま経由で伝えて頂きました。

 

これまた、出席された方々にハッキリとお話していますが、このテキストに書かれていることが、わたしの考え方とぴったりと合っているかと言えば、違う点も多くあります。

 

鈴木先生もこのノートのさいしょの所で、各教会の牧師の指導に従って下さいますように、と明記して下さっているので、わたしたち牧師も助かります。

 

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この『求道者 伝道テキスト』に限らないと思いますが、独りで学ぶのと、みんなで学ぶのとは、全く違うというのが実感です。

 

独学は貴いことです。でもやはり、教会にやって来て、みんなで笑いながら、時々脱線。質問をしたり、牧師の解説を聴きながら学ぶ。

 

そして、「なーんだ、わたしだけでなく、みんなも知らなかったんだ」ということで安心することも大切です。

 

こうしていると、独りでの学びとは、その奥深さが全く変わってくると思います。

 

何より、そこに居るだけで、必ず何かが心にのこるのです。それは、牧師の養成機関である神学校での学びや訓練と本質的には何もかわりません。

 

そして、旭東教会がたいせつにしたいと考えている「共育」(教育ではなく)とはそういう所にあるのだろうと感じています。

 

大学生世代の方のぽつりと口にして下さる言葉に皆さん、「そうなのかぁ」と教えられたり、元気をもらったりすることもあります。

 

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基礎という言葉。いいなぁと思います。NHKの「基礎英語」や「続・基礎英語」というラジオ番組が懐かしく思い出されます。

 

建物関係の基礎も大事ですが、信仰生活を送る上でも、〈おおもと〉〈根本〉について学びを深めて行くことは、やっぱり大切なんだろうな、と考えるのです。

 

そして、幾つになっても基本に立ち帰ることは、全てのことに通ずる、大事なことだと思います。

 

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鈴木崇臣先生のテキストの目次。なかなか興味深いものです。少しだけピックアップします。

 

第 1課 聖書の神の名前
第10課 イエスの御名
第11課 幸せな生活のための律法
第17課 儀式的な律法
第30課 私はこれでも信仰をもっているのでしょうか

 

なんて具合です。

 

多くの方が、途中からの参加組ですので、おそらく、どこかの時点で、最初に戻っていくことになりそうです。

 

30課なんて、なんと魅力的なタイトルでしょう。

 

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Blog・教会日記をご覧の方で、興味を持たれた方。どうぞ一度、ご参加下さい。

 

そして、「キリスト教基礎講座」のあとの主日礼拝は、さらに違う形で豊かな時間になることを確約いたします。

 

牧師の立場で申し上げられること、そして、大事にしたいのは、とにかく続けることです。根性で(笑)わたしも続けます。いやいや、楽しいから力まなくても続くと思いますが。

 

求める者よ、来たれ! 学びたい者よ、集まれ!

 

ご一緒に、たのしみながら、少しだけ深く学びましょう。みんなで学ぶ時間は、わたしたちが新しい人になっていく扉でもあるのですから。end