2017年4月8日(土) № 110 『 抱きしめて お帰りなさい 』

2017年4月2日(日)礼拝にて 洗礼式の前に、受洗された寿子さんが皆さんの前で受洗への道を証しされました。うつくしい時でした。
2017年4月2日(日)礼拝にて 洗礼式の前に、受洗された寿子さんが皆さんの前で受洗への道を証しされました。うつくしい時でした。

2017年のイースター・復活祭を前に、旭東教会では、4月2日(日)の主日礼拝で洗礼式を執り行う恵みにあずかりました。

 

当初、イースターの洗礼式を目指していましたが、お仕事のご都合があり2週間早めた次第です。

 

でも、なんだかそれでよかった、いや本当によかったと確信しています。

 

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洗礼を受けられたのは寿子(ひさこ)さんです。

 

ホームページの今週の3枚!に、何ヶ月も前から、時々、ちらっとお顔が見えていたかも知れません。

 

昨年のアドヴェント前の大掃除の時には、頼りない男性陣にとってかわって、ワックスのモップ掛けのお掃除をしてくださっていた後ろ姿が眩しかったのを思いだします。

 

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先日の礼拝では、わたくし(牧師のもりでございます)の説教、そして賛美ののちに、寿子さんご自身が、礼拝堂の前方に置かれている、受難節が美しく表現されている昔の講壇の前で、証しもしてくださいました。

 

それから、めでたく無事に洗礼式と進みました。

 

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寿子さんの証し。

 

まるで、映画を観ているようなくらいに情景が思い浮かぶうつくしいものでした。幾人かの方がそう仰ってますし、わたしもそう感じました。

 

幼い頃から、東岡山方面で育った寿子さん。JR赤穂線が西大寺の方面に向かってゆらゆらと蛍が揺れるようにガタンゴトンと進む。

 

その姿を見ながら、なぜか「帰りたい、わたしもあれに乗って帰りたい」とずーっと思われていたそうです。

 

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お布団に座って祈っていたことがあったという少女時代の寿子さん。

 

聖書なんて手にしたことはなかった、と思っていたのに、旭東教会の交わりの中に入り、礼拝と祈祷会を大切にしながら過ごしているうちに、ある日突然、一冊の青い聖書を手にしていたことを思いだされた、とのこと。

 

祈祷会でその場面、幾人かの方が遭遇しています。

 

他にも、NHKのラジオ英語講座の勉強のために買ってもらったというラジオで、ルーテルアワーでしょうか。

 

キリスト教の番組で賛美歌が流れてきて、それを聴きながらどれほど慰められていたことでしょう、というお話もしてくださいました。

 

いやぁ、いけません。思いだすとわたくし涙がこぼれそうな感じです。

 

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後で聞くところに依ると、ご本人は原稿を手にしていたので、それを読もうと思っていたけれど、皆さんがわたしを見守っていてくださるのがわかり、原稿を読むのはやめられたそうです。

 

寿子さんの証し。とても聴きやすかったですね。

 

まるで、どちらかでお話の仕方のトレーニングをして来られたかのような感じすらあり、しっかりとした声のトーンで、証しを聴かせて頂いたみんなが引き込まれました。

 

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さてさて、タイトルの『抱きしめて お帰りなさい』ってなんですか、と思われるかも知れません。

 

礼拝メッセージブログを聴いてくださるとわかりますが、実は、礼拝の中で、女性陣にあることをお願いしていました。

 

「礼拝がおわったら、寿子さんをハグしてくださいね。男性陣は何か問題が起こるといけませんから遠慮するということで(笑)」と。

 

実際、「ハグ・hug・抱擁」があふれました。嬉しいです。本当によかった。

 

お写真を下の方に準備しましたので、ぜひ、ご覧ください。

 

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洗礼式の夜、わたくし牧師館でふとあることをつぶやきました。

 

不満ではありません。

 

「よかったなぁ、旭東教会で」という話です。

 

どうやら妻も同じようなことを思っていたようです。

 

教会によっては、洗礼を希望する方がどんどん与えられて、一度に数名一緒に受洗。そんなこともあるかも知れません。

 

でも、我ら旭東教会。2015年度の洗礼式は、高松在住で居室でお過ごしの文彦さんお一人でした。それ以来、二人目。

 

だからこそ、みんながゆっくりと、心から喜び、笑い、分かち合うことができたのです。

 

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イエスさまがルカによる福音書やマタイによる福音書で100匹の羊の譬え話をされています。

 

ひとりの魂の救いと復活を心から喜べる洗礼式は、イエスさまからの旭東教会への限りなく豊かな贈り物だったように思えてなりません。

 

寿子さんだけがよかったのではない。

 

共に生きているみんなが、ほんとうに豊かな恵みに触れた日曜日だったのではと思います。

 

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きょうはここで、お祈りします。

 

神さま、素晴らしい恵みを、救いのみ業を示してくださって本当に感謝いたします。わたしたちの思いや力を越えて、あなたが、ここまでお導きくださいました。

 

あなたの恵みゆえに、悔い改めが必要なことを思います。おゆるしください。

 

どうか、これからも、あなたのみ心を求めて、この地に立つ教会としての使命を、少しでも果たすことができるよう、憐れみのうちにお導きください。

 

心からの感謝と願い、救い主イエス・キリストのお名前によって、御前にお捧げいたします。アーメン

 

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では皆さまご機嫌よう。また、お目に掛かります。

 

あっ、どうぞ、いつでも旭東教会にお出かけください。一同心よりお待ち申し上げております。end

 


2017年4月2日(日) 寿子さん〈 受洗 〉の記念に  Clickで大きくなります



2017年4月1日(土) № 109 『 いつか また 何かを始めよう 』

2017年3月26日(日)9時からの礼拝の様子。ジュニアサークル礼拝ですが出席者の平均年齢はオーバー〇〇歳!
2017年3月26日(日)9時からの礼拝の様子。ジュニアサークル礼拝ですが出席者の平均年齢はオーバー〇〇歳!

こんにちは 4月、新年度に入りましたね。ライターは今週も牧師のもりでございます。

 

どんな話題をお届けしようかなぁー、と思いつつ写真を眺めていましたが、やっぱりこれにします。

 

『 いつか また 何かを始めよう 』なんだと思います?

 

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まず思い浮かぶお答えは、9時からの礼拝です。ジュニアサークルの礼拝と呼んでいました。

 

なんだ、先週のBlog・教会日記と同じ話題?と思われる方は、この頁のかなり通です。なにそれ、と言う方は、是非、先週の108号をご覧下さい。

 

俺って「オマージュ」を感じているのかな?とまず思いました。でも、オマージュの意味を正確に知らない。

 

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〈明解さん〉でおなじみの国語辞典によるとこうありました。わたしが感じた心の思いと、そう遠くはないようです。

 

【オマージュ】〔フランス語 hommage〕
その△人(事)に対して深い尊敬や称賛の念を表わす言葉。
例文:「オマージュを ささげる」新明解国語辞典 第七版 (C) Sanseido Co.,Ltd. 2013版より

 

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人に対してだけでない、と記してくれているのは、〈明解さん〉だけ。大辞林・広辞苑・明鏡・岩波・日本国語大辞典にも、(事)の補足がありません。

 

オマージュは(事)に対しても使ってよろしい、と思うと安心ですし嬉しい。

 

何しろわたくし、9時からの礼拝に対して、「深い尊敬や称賛の念」を間違いなく抱いていたと気付いたからです。そこには先達の祈り、涙、汗が隠れてます。

 

さすが、明解さんと思いつつ、なぜ、9時からの礼拝にオマージュ?を、解説してみましょう。

 

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先週ご報告の通り、9時から何十年と続けて来たジュニアサークルの礼拝=教会学校の礼拝。3月26日をもってひと区切りを付けました。

 

「〈やめた〉っていう言葉はぜったいに使わない、場所を変えて主日礼拝で行っています、これで行きましょう!」

 

とスタッフに念押しをしたわたくし。

 

それでも、仲間たちもおそらく感じたであろう、一抹の寂しさが胸に去来いたします。

だって、ほんとうに素晴らしい時間だったからです。

 

もしかすると、子どもたちが殆ど姿を見せない日が最近多かったからこそ、その貴さに気がつき始めていたのかも知れません。

 

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下のミニアルバムの写真の一枚いちまい。3月26日の9時からの礼拝説教時、あるいは、賛美のときのお一人おひとりの様子です。オマケも付いてますが。

 

どうです、ご覧になるだけで、わかるのではないでしょうか。その集中の度合い、きよさが。

 

楽しみでしたし、豊かだった。嘘を言っても仕方ありません。空しい気持ちになったことも一度もなかった。インタビュー礼拝というようなお楽しみの日も含めて、何か、あそこには秘められたものがあるのでは、と思えてなりません。

 

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「森先生、じゃ、また9時からジュニアサークルの礼拝始めるン?」

 

と言われると、それは直ぐにはないと思います。

 

永田町の言葉ではありませんが、総合的に考えて、今の旭東教会でベストかベターの選択をと祈りつつ、主日礼拝に異動したのですから。

 

でも、劇的な何かしらの変化が生じたり、先生、8時からやりましょうとか、思いがけない出来事が発生してくるならば、色んな可能性もあるのではと思います。

 

そして、やっぱり、ジュニアサークルのリーダーたちの賜物がいきなり土の中にしまわれたり、引き出しの中に隠れてしまうのは、何とももったいないことだと思います。

 

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一週間と少し前に、朝夕の祈祷会で、〈ファシリテーター〉の金香百合(キム カユリ)さんのことを紹介いたしました。

 

この〈ファシリテーター〉というまだあまり聞き慣れないことばを説明している国語辞典はスーパー大辞林でした。

 

ファシリテーター・facilitator〔後援者・補助役・まとめ役の意〕
ファシリテーションを行う人。→ ファシリテーション
スーパー大辞林3.0 (C) Sanseido Co.,Ltd. 2010

 

ま、この解説では私からすると大いに不満で、英語を母国語とする宣教師さんの言葉によれば、ファシリテートとは、「引き出すことだねぇ」と明確に仰っていました。

 

たぶん、それが一番わかりやすい解説で、わたしが語りたいことにつながります。

 

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実は、教会生活を送るっていうのは、イエスさまからファシリテートされていくことがとても大事なんでは、と思うのです。

 

古い言葉で申します。

 

ファシリテートされるとは、「神さま、そして、隣人のために、神さまが預けてくださっている賜物を捧げる生き方が出来るようになる幸せ」というヤツではないでしょうか。

 

人はいつしかその循環の中に置かれると、しあわせを感じるようになります。よろこびに満ち、平安があり、苦労が苦労でなくなるもの。

 

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実は、旭東教会では、5月から、ほんとうに回数が少ないのですが、夕礼拝を開始します。たぶん行われるはずです。

 

妙な言い方ですが、この夕礼拝。

 

リクエストがあった日曜日に、月に1~2度、午後7時~7時50分迄夕礼拝を行う、というものです。変でしょ、でも、とにかく始めてみます。

 

現在、月に2度は、車で1時間程の所にある十文字平和教会の15時からの礼拝応援、そして、そのうち1度は、教会のたいせつなミーティングにも参加する状況ですので、自ずと制限が生じてしまいます。

 

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でも、わたしはこの時間がまた、うつくしい澄んだ時間になっていくこと、そうしていくことへの期待を膨らませつつあります。ちなみに、開催日は、ホームページで明確にご案内しますので、よろしければ、みなさまお出かけ下さい。

 

5月からの夕礼拝。

 

大勢の出席を願っているわけではありません。お一人、おふたりの方と共に礼拝を捧げる。あっ、あの5人になっても大いにうれしいのです。ほんと楽しみです。

 

日曜日の遅めの時間に始まる礼拝ですから、50分でサッパリと終了いたします。聖霊が注がれる夜の旭東教会礼拝堂。とりわけうつくしいのではと思うと笑顔になります。

 

祈りつつ準備を始めたいと思います。

 

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そういうわけで、気ままな旭東教会の「Blog・教会日記」。2017年度もどうぞよろしくお願いいたします。新年度も、どんな形で新しい出会いが、出来事が起こることか。

 

神さまに期待しながら歩んでまいります。

 

めずらしく、ひとつ、み言葉を記して終わります。

 

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。 だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」

                             (マタイによる福音書7章より) 

ごきげんよう end


3/26(日)朝9時からの礼拝の様子 Clickで解説 そして 美しく 大きくなります!