2017年2月23日(木) № 104 『 〈書子さん〉の笑顔のもと 』

2017年2月19日(日)朝9時過ぎ、いつもの笑顔で、ジュニアサークル恒例のインタビュー礼拝でお話くださった書子さんです。
2017年2月19日(日)朝9時過ぎ、いつもの笑顔で、ジュニアサークル恒例のインタビュー礼拝でお話くださった書子さんです。

書子さん。

 

もちろん、「かきこ」ではなく「ふみこ」とお読みします。

 

なんて言うわたしも、最初はおそるおそる「〈ふみこ〉だよな?」「〈ぶんこ〉のわけないよな」なんて思ったものです。

 

ほんと、素敵なお名前です。

 

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2月19日(日)の朝9時。

 

旭東教会のジュニアサークル恒例のインタビュー礼拝が行われました。

 

今回はお写真の笑顔のご婦人=書子さんです。

 

インタビュアーは安佐子さん。事前にわたくし(牧師のもりでございます)にも、こんな感じの質問を準備しました、というメモが届いていましたが、何も心配なく朝を迎えました。

 

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いつも〈ほがらか・にこやか〉。

 

そして、お話がゆっくりした感じ(いや、早口の書子さんを見たことがありません)で聴きやすくお話ししやすい。その自然の〈間〉がまた素晴らしい。そんな書子さんの登場です。

 

この日、キリスト教や教会との出会いを幼い頃、そして青年時代の多感な頃にさかのぼって、じっくりとお話くださいました。

 

そして、やっぱり書子さんらしく、笑顔でお話しになることが多い時間となりました。

 

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以下、ざっとですが、こんな感じでお話が進んだのですよ、と皆さまにお分かちしたいと思います。

 

最初、インタビュアーの安佐子さんから、「どのようにしてイエスさまに出会いましたか?」という質問があったと思います。

 

すると書子さん、こんな風にお話されました。

 

「・・・・・・わたしは、とにかく、いろんなことから、劣等感のかたまりで、その中で、キリスト教会だけは、よくわからない時にも行ってもいいという感じをふわーっと思っていました」

 

礼拝堂でご一緒していたみなさん、えーっと思われたかも知れません。人間出会ってみなければわからないものです、本当に。

 

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安佐子さん「子どもの頃から、自然とイエスさまに出会って行かれたのですね」と質問。

 

書子さん、続けてこう語られました。

 

「二十歳を過ぎてから近くの教会に行きました。すると、同級生のN君が教会に来ていました。とても安心しました。とにかく、N君はすぐ隣で机を並べてお勉強したという安心感がありました」

 

Nさん、わたしたちもよく存じあげている在天のお方です。これまた思いがけないお話。

 

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さらに、洗礼を受ける大きな切っ掛けとなった聖書の物語についても喜びをもって語られました。

 

「生まれながらの病で苦しんでいる人がイエスさまによって救われる場面がありますが、あの物語が救いとなりました」

 

弟子たちの心ない問いかけのあと、イエスさまはお答えになります。

 

【本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである】
 

書子さんを神さまがグイッと導かれた出来事であり、み言葉でした。

 

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続けて安佐子さん。「書子さんのお好きな讃美歌は?」と質問。

 

書子さんこうお話になりました。

 

「毎週礼拝の最後に歌う讃美歌21-91『 神の恵みゆたかに受け 』が好きなんです。・・・・・・、〈神を賛美し、感謝しながら 日々の仕事 果たそうよ〉。そして、〈信仰をわかち 愛しながら どんな人ととも 肩を組もう〉という所。簡単にできないし、ちょっと苦手で、なかなかなれないのです。だから、ここを心に留めて、心を開いて行きたいなぁと思って歌っています」

 

『 神の恵みゆたかに受け 』を賛美する時、わたくしも歌詞をしみじみ味わって賛美します。

 

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その他、安佐子さんからの「その他にも、心に残っているみ言葉がありますか?」の問いかけがスイッチオンの切っ掛けとなり・・・・・・まるで、連続ドラマを観ているかのような感じで、お話くださいました。

 

それは、聖書の中で、創世記のヨセフやイエスさまのお父さん役を引き受けることになるヨセフなどが夢で神さまからお告げを受けたときと同じように、お母さまが夢に現れて・・・・・・ご自身のご結婚に至るまで、いえいえ、それ以後の50年近い、実に不思議な神さまのお導きについてのお話でした。

 

あまりにドラマティックでありますし、神さまのお導きのすごさを、このブログにてご紹介することは無理です。

 

諦めます。

 

説教と同じで、やっぱりライブが一番ですから。

 

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最後に、書子さんは今たいせつにしている聖句を紹介されました。

 

旧約聖書の箴言3章5節~6節でした。

 

【 3:5 心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず 6 常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば 主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる】

 

このみ言葉を、インタビュアーの安佐子さんの声掛けによってみんなで朗読いたしました。

 

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安佐子さん、「どうしてもお話ししておきたいお話が残っておりましたら、ぜひお願いします」とお伝えすると、書子さん、こう応答されました。

 

「もう特にありません。これだけお話ししたら、裸になったような気がしています」と書子さん。

 

ご紹介できなかったあたりの奇想天外な〈夢・現実・夢・現実・あら不思議の出来事〉あたりが、「裸になったような」という言葉になったのかも知れません。

 

牧師のわたくし、ほぼ一時間後の説教の中で、「裸になったような気が」という書子さんの言葉にも触れながら、語らせて頂いた次第です。

 

そちらは、旭東教会の説教ブログ・【http://www.voiceblog.jp/mikotoba/】でお聴きになれます。

 

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2年前から、コツコツと続けている旭東教会のジュニアサークル・インタビュー礼拝。

 

これは本当に深い恵みにあずかり続ける時間になっています。

 

次回の日程はまだ決まっていませんが、きっとまた、豊かな思いに包まれる朝となるように思います。神さま、ありがとうございました。子どもたちも、保護者の方たちも、大いに恵まれると思います。

 

祈りつつ、旭東教会ジュニアサークルスタッフ一同、主のみ心に仕えております。

 

このような旭東教会です。いつでも、気軽にお出かけください。出会いの日が来ますこと、楽しみにお待ちしています。end

 

以下、当日の様子を、ミニ写真館でご紹介します。Clickでだいぶ大きくなって説明?の言葉が少しあります。


書子さんをお迎えしたインタビュー礼拝 ミニ写真館 Clickをオススメします!



2017年2月19日(土) № 103 『 出逢えて良かった!〈宮本龍門ご住職〉 』

こちららが、長泉寺の宮本龍門住職です。岡山の宗教者九条の会の事務局長を務めるなど、第一線を走っておられます。
こちららが、長泉寺の宮本龍門住職です。岡山の宗教者九条の会の事務局長を務めるなど、第一線を走っておられます。

早いもので、もはや、一週間前のことになります。

 

2月11日(土・国民の休日)の午後2時から、「信教の自由を守る日」の定例集会である「信教の自由を守る日の集会」が開かれました。

 

旭東教会も所属する日本キリスト教団の東中国教区・岡山県東部地区やキリスト教の教派を超えての集いです。バプテスト教会、ナザレン教会、YMCAせとうち。そして、岡山キリスト者平和の会などとの共催でした。

 

会場は、岡山カトリック教会の整った集会室。ほんとうにいい環境です。

 

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この度の講師は、凛々しくも美しいと感じた、真言宗長泉寺さん(岡山市北区)宮本龍門住職!

 

講演では「憲法九条は神仏の悲願」という主題のもと1時間半にわたる熱いお話を聴きました。

 

わたし(牧師のもりでございます)自身は宮本龍門住職とお目に掛かったのは初めてだったのです。でも、主宰者側の一員として、昨年秋、「2017年の2.11の講師はどなたをお招きしようか・・・・・・」という相談会の時から頭を悩ませていた者として、とても楽しみな一日でした。

 

土曜日だったのが牧師としては少したいへんでしたが、それを超える力を頂く時となりました。

 

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宮本住職は日頃から相当に活発にお過ごしの方で、身勝手な想像で、もう少しおじさん?かと思い込んでいましたが、1982年(昭和57年)生まれとのこと。

 

ということは、まだ30代半ばということになるのですが、とてもそうは見えないほど落ちつきのある方でした。

 

〈おかやま宗教者九条の会事務局長〉の重責を担うなど、常日頃から、宗教の違いを越え地道に活動されている方らしく説得力のある講演。やがてやって来るであろう衆議院選挙に向けても、確信をもったお立場で、地道に誠実にお過ごしであることが、端々から伝わって来ました。

 

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キリスト者の集いに講師として招かれたことが初めてだったということもあったからでしょう。

 

「わたしのような者がお招きを受けてこのようなキリスト教の集会でお話して、よろしいのでしょうか・・・」という謙遜な畏れのトーンの言葉を、別室でご挨拶させて頂いた時も口にされていました。

 

仏さまも神さまも越えての平和憲法の大切さとその実践の道について、考え始めるとても良い機会となりました。

 

別室でのご挨拶の時、「何とお呼びするのがよろしいですか」なんて話もいたしました。

 

〈おじゅっさん〉と呼ぶ人も多いですし、〈龍門さん〉もたくさんいます、と言われてました。

 

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全体にわたって、スクリーンに写し出される写真や簡略なコメントなどを見ながらの理解しやすいお話です。

 

前半は、お釈迦様の出家や戒めとしての「不殺生」、更に宗教を超えて平和実践に取り組んだ方々の歩みを紹介。

 

ガンジー、キング牧師、ボンヘッファー牧師、竹中彰元、妹尾義郎、山本秀順など、わたしの知っている人、知らない人、岡山出身の方などに触れてグッと聴衆をひきこんで行かれました。

 

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後半は、宗教者が政治に関わるハードルの高さ、そのスタンスのむつかしさを認めつつも、今こそ、〈宗教者が、その信仰に基づいて、違いを認め合いながら、一致して力を発揮すべき時が来ている!〉と力説されました。

 

とりわけ、下の方の写真にも写していますが、

 

「いつ、いかなる時も、宗教的な判断をするのが信仰に生きる者としての道」

 

とのお言葉は、わたしたち聴く者が「もはや退路なし」の思いを深くする力あるものと感じました。

 

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それにしても、僧侶である宮本先生をお招き出来たのも、超教派による幅広い連帯のわざゆえと思います。

 

振り返って見ると、前任地の北海道というか日本最北の町でも、似たようなことがありました。

 

今年も《3.11の東日本大震災被》を思いつつ祈る季節を迎えていますが、最北の教会でも(単独でしたが)、《東日本大震災被災地のこころ》と題して、〈浄土宗大林寺 井上耕心副住職〉を通して聴くという時間を持ったものです。

 

井上耕心副住職は、東日本発生以後、岩手・宮城の被災地に幾度も出かけられ、継続的に被災地の方たちに寄り添う努力を続けて来られた方でした。

 

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話は戻ります。

 

宮本住職に、わたくし、会の終了後に近づいて御礼を申し上げることも含めてお声掛けをしました。

 

宮本先生「へんなことを言ったんじゃないでしょうか」という意味のことを口にされていましたが、そんなことがあるわけがありません。受け止め方も考え方もさまざまなのが当然です。ほんとうにありがとうございました!

 

45名の参加者のうち旭東教会の関係者は10名ほど居りました。

 

ボチボチとしか関わりは持てないのですが、それでも、参加することには深い意義があるものです!

そんなことも改めてかみ締めている、遅ればせですが、一週間後のご報告でございます。

 

あっ最後に、真言宗長泉寺さんでは「合唱団・Naga(ナーガ)〉が熱心に活動しておられ、お堂で、「AMAZINGGRACE・アメージンググレイス」をお稽古しているそうです(^^♪ end

 

【 岡山宗教者九条の会 事務局 】は以下の通りです

岡山県岡山市北区南方3丁目10番40号 〒700-0807
真言宗御室派長泉寺 内  電話 086(223)7450
事務局長 宮本龍門住職

 

※下の写真はClickで簡単な解説?があります。



2017年2月10日(金) № 102 『 考えさせられた礼拝式順など 』

2017年2月5日(日)のジュニアサークル礼拝にて 大人の礼拝(主日礼拝)でも紙芝居や絵画はしばしば説教で出てくるのが旭東教会です(^^♪
2017年2月5日(日)のジュニアサークル礼拝にて 大人の礼拝(主日礼拝)でも紙芝居や絵画はしばしば説教で出てくるのが旭東教会です(^^♪

こんにちは、旭東教会牧師のもりでございます。

 

わたしが神学校で学んだのは1989年からのことでした。もう四半世紀以上前のことになります。

 

日本聖書神学校という東京山手線の目白駅を降りて、徒歩10分程の今では貴重な夜間の神学校で学びました。

 

もちろん、今もあります。都会なのに、小さな森が残っているのです。寺子屋のような素敵な学校です。

 

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入学願書とか、過去問があるのならば、と思いながら、始めて神学校の庭に足を踏み入れたときのドキドキ感は今でも忘れられません。たぶん、1988年の12月頃の事。

 

今でも思い出せるF先輩から案内された日を忘れられません。神学校=修道院のようなイメージというか先入観を抱いていたうぶな青年でしたから、Fさんも修道士にしか見えませんでした。

 

入学後の現実はだいぶ違いがありましたけれども、決して失望したわけではありません。素晴らしい4年間でした。

 

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今振り返って見ると、当時の神学校の教授陣は、わたしにはもったいないような先生方が大勢居られて、それ以後も、大げさではなく、計り知れない程の影響を受けた先生方ばかりです。

 

全部が理解できた等とは決して言えないですし、厳しい講義も多々ありました。でも、若かったこともあると思いますが、毎日毎日、教えて頂くことが新鮮でした。目から鱗の連続でした。

 

先輩方、同級生、そして後輩の方たちとの切磋琢磨も大いに勉強になったものです。

 

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そんな中、キリスト教教育や、礼拝学、実践神学特講などの講義を担当されたのが今橋朗(あきら)先生でした。今橋先生には、神学校卒業後も、各地の教会にお出で頂き応援して頂いたものです。

 

そして、嘘偽りなく、これほど多くの良き感化を、同じ学び舎の神学生達、いえいえそれどころか、日本の教会に与え続けた方は居られないのでは、と思うのが今橋先生です。

 

つい最近、『アレテイア』(日本キリスト教団出版局)という季刊誌の「牧会者のポートレイト」という欄に、今橋先生のあとを継ぐようにして、横浜・蒔田(まいた)教会の牧師となられ、現在、日本聖書神学校教授をされている古谷正仁先生の書かれた記事がありました。

 

古谷先生、2016年7月末に旭東教会にお出で下さったあの先生です。それに依れば、今橋先生は1931年・昭和6年生まれですから、わたしの亡き母と同じ歳の方でした。

 

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今橋朗先生には、「語録」と呼ばれるものがあると聴いています。それがまとめられたノートも、今橋門下の先生方(昔の神学生)にはあるらしいのです。

 

が、ここでは、礼拝学の講義で教えて頂いたことをご紹介し、最近出席した、とある宣教についての協議会でのお話に触れてみようと思います。

 

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今回、ここでご紹介したい今橋朗先生のことばはこれです。

 

「マルティン・ルターの宗教改革は礼拝改革です。そして、教会は礼拝によってしか変わりません」

 

どのような文脈で語られたのかは、はっきりとした記憶はありません。礼拝学の単位修得後の次年度もモグリで出席させて頂いた、今でも大切にしているノートも含めて見直さなければわかりませんが、今橋先生、間違いなくこういう意味のことばを語られました。

 

或いは、語り続けていたかも知れません。そして、講義でこのことばに触れた時、興奮しながら、「そうかぁ、そういうことだったのかぁ」としみじみ思ったものです。

 

詳細を論じること等もちろんここではできませんが、キリスト教会の根幹にあるのは礼拝。それはいつの時代でも変わりありません。礼拝がないキリスト教会はあり得ないのですから。

 

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2月13日(月)の午後、岡山県内のとある教会の先生の、礼拝と音楽に関する講演がありました。正式題名は違いますが、決して外れていないと思います。

 

とりわけ驚きを覚えたのは、その先生の教会(複数の教職の居られる教会です)での礼拝を巡る誠実な取り組みでした。

 

実は内容的には、まったく始めて聴く話ではありませんでしたが、礼拝順序を説明されるその式順は、おそらく、日本基督教団の1700ほどある教会・伝道所のどこにも見られないような構成だったのです。

 

そちらの教会、この一年で受洗者が6名、さらに二ヵ月後のイースターには2名の洗礼志願者が居られるとのこと。伝道がなかなかむつかしいこの時代において、画期的な素晴らしい話題です。

 

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礼拝では、テゼ共同体の賛美を最初に何曲か繰り返して歌うそうです。歌詞が短く素朴なものとして広く知られているのがテゼの讃美歌です。

 

『聖歌』と名付けて、ご自身で翻訳された薄型の聖歌集を作っているのを歌ったことがわたしもあります。

 

その後、聖書朗読・説教と続きますが説教は15分と決まっているそうです。

 

礼拝の中心はまだ来ていない、と先生は仰いました。何と、教会は祈りが真ん中にあるべきである、ということで、沈黙の祈りが礼拝のど真ん中に置かれていて、確か、5分間の瞑想の時をもつと言われたと思います。

 

そして、その後、我々が使っている『讃美歌21』からの賛美が数曲あり、礼拝は閉じられます。

 

5年近く前からそのような礼拝順序になったそうですが、それまでも準備を重ねられ、そして今に至っているとのこと。

 

今では、礼拝堂で私語が聞こえることは皆無の教会になったそうです。教会は祈りの場であるということが浸透した、ということでしょう。

 

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旭東教会はその対極の方向にあるかも知れません。礼拝開始を告げる鐘が鳴る頃には静まりますが、それまでは、明るい挨拶が元気に交わされます。

 

説教だって、みっちり40分程語ることの多いわたしです。今日からFEBCで放送が始まった、先の礼拝説教ですら、編集作業を経て少し短くなっても、祈りも含めて〈25分37秒〉でした。

 

普段の礼拝で、15分の説教は、余程の事情がなければ今のところわたしたちには考えられません。

 

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真似したいということでもありません。取り入れられる部分が多少はあるかも知れませんが。

 

しかし、一番の驚きは、今橋朗先生の礼拝学の講義で語られたことばと、ぴたっと重なる現実がそこで証しされているからです。

 

「マルティン・ルターの宗教改革は礼拝改革です。そして、教会は礼拝によってしか変わりません」

 

結果的にはこれを実践し始めている教会の礼拝の様子、そして、宣教の一端が語られたのでした。

 

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つい最近地元の本屋さんで立ち読みしたビジネス書がありました。確かその本、以前も気になって読んだものだったと思います。

 

この間の日曜日もいつのまにかその本を手にし、考えていたのです。

 

じぃっと立ち止まったのは、〈企業が生き延びていける道があるとしたら、それはただ一つ、変わり続けることができるかどうかにかかっている〉という意味のことが書かれているページでした。

 

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キリスト教で永遠に変わらないのはイエス・キリストです。そして、もう一つ、聖書ではないでしょうか。

 

賛美歌だって、「主に向かって新しい歌を歌え!」と詩編に出てきます。実際、賛美は変遷があります。そして、礼拝だってそうなのです。

 

無理矢理変わる必要もありません。しかし、変わって行ってもいいのが礼拝、というのは間違いないと思います。

 

アフリカ、台湾、ブラジル等など、元気の良い豊かな礼拝が捧げられていると聞きます。わたしたち、よその国どころか、そう遠くないところにある教会の様子すら、余りに知らなすぎるのかもしれません。

 

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とても刺激を受けた1時間半の講演でした。多分、同席していた同労の仲間たちも、その後、あれこれと考えているのではないかと思います。

 

わたしが岡山に北海道から転任してくる途中、日曜日の礼拝に出席させて頂いた、茨城県の竜ケ崎教会の礼拝も本当に目から鱗の豊かな礼拝でした。

 

わたしたちの礼拝も決して貧弱ではないと思いますが、新しい福音宣教の道を求めるためには、自分好みではなく、主が願われ、良しとされる方向に変わって行くことも大いに必要なのかも知れない。

そんなことを考えるこの頃であります。

 

どうぞ、いつでも、どなたでも、わたしたち旭東教会の日曜日の礼拝にご一緒して下さい。心よりお待ちしています。神さまからの霊に導かれて、真に自由で豊かな礼拝をご一緒に創造してまいりましょう!end

 


2017年2月4日(土) № 101 『 〈 キリスト教放送局 FEBC 〉が旭東教会にやって来た! 』

2017年1月29日(日)、10時15分からの主日礼拝の30分ほど前、スタッフが講壇ほかに収録のセッティングの場面です。
2017年1月29日(日)、10時15分からの主日礼拝の30分ほど前、スタッフが講壇ほかに収録のセッティングの場面です。

キリスト教放送局・日本FEBCのスタッフ、永倉さんからの電話が旭東教会に入ったのは2016年8月の中旬過ぎだったようです。

 

ファイルしてあった資料を振り返って見ると、「FEBC 日本全国取材プロジェクト 主日礼拝取材依頼状」が旭東教会宛てに発信されたのは、2016年8月30日付。

 

以来、半年に近い5ヶ月と少しが経過。

 

1月29日(日)午前中は礼拝の収録。その前夜は、今回来会されたスタッフの安保ふみ江さん(「黙想のとき 主よ共に宿りませ」他も担当)が、教会のことやら何やらをインタビューという形で取材してくださいました。

 

インタビューは放送というのではなく、岡山の教会紹介の形でホームページに掲載されるようです。

 

兎にも角にも、教会として光栄な機会を頂き、予定通り収録がおわり、わたくし(牧師のもりでございます)、ほっといたしております。

 

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わたし自身、FEBCさんとのつながりを考えてみると、ほそーい道があったことを思い起こします。

 

2016年12月4日発行の旭東教会の『週報』の「ミニコラム・窓」(通常牧師執筆)にこんなことを記しました。

 

【窓】『 FEBC礼拝取材への備え 』
▼主の来臨に備えるのがアドヴェントだが、番組作成のため(「全地よ、主をほめたたえよ」)、1/29にお出でくださるキリスト教放送局日本FEBCの取材にも備える時期に入った。▼担当スタッフをただボンヤリとお迎えするのでは申し訳ないと思い、お送りくださった近況が分かる幾つかの資料に目を通し始めた。▼放送に関わりなく日本各地の教会を訪問され取材記をWEB(ホームページ)上で公開され、教派を越えて主の教会に仕える姿を知り頭がさがるばかりだ。▼個人的にはB型肝炎で入退院を繰り返し人生に道を見いだせずにいた30年前頃、東京・練馬の6畳一間の窓辺で毎晩9時半からのラジオ放送に支えられた〈御恩〉のようなものがある。祈りから始めたい。(もり)

 

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今振り返って見ると気がつくことがあります。

 

FEBCのスタッフの方々からすると、毎日、毎週の放送の収録とかわらない、ふだん通りのいつものお仕事として準備され、来会してくださったのだなぁ、と。

 

一方のわたしたち。《一生に一度のぶっつけ本番》でした(笑)

 

特に、オルガニスト、そして、司式者は少し違った覚悟というか配慮、あるいは、緊張があったのも事実でした。もちろん、説教をするわたくしも。

 

わたしのような、複数の牧師が居ない教会では説教を交替して語れる人はふつう存在しません。

心配していたのは、インフルエンザ。罹ってしまうと5日間は抗ウイルス剤を服薬し安静にするのが一般的です。

 

神さまのご計画?で、万が一でもインフルエンザや高熱フラフラの風邪をひいてしまったら・・・・・・。おそらくその時はその時、という心積もりはFEBCさんにはあったのかも知れないですが。その点、とても心配しました。

 

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取材依頼があった当初から、「礼拝はふだん通りにどうぞなさってください。いつもの通りでいいんです」と言われていました。

 

しかし、「全地よ主をほめたたえよ」の放送時間は正味50分。

 

たとえば説教の時間。わたしは時間のことも含めていろいろなパターンでお話するのが常とは言え、じっくりと40分を越える時間をかけて、あちこちに寄り道しながら語ることが多いのです。

 

その他、1月29日(日)の主日礼拝は、旭東教会創立114周年記念というお祝いの礼拝。永年信仰者祝福、聖餐式の執行と盛りだくさん。

 

とても、ふだん通りというわけには行かないのも本当だったというわけです。

 

そこで、礼拝冒頭の頌栄、そして、派遣の賛美もいつもより短いものを選択したりして備えた次第です。司式者の泰さんも、相当に心配りをされた祈りをおささげくださいました。

 

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わたくしも、これを機会に、キリスト教放送局・日本FEBCの番組を久しぶりに(スミマセン)聴いたり、関連の印刷物を読ませて頂きました。

 

そして、祈りと喜びに導かれています。

 

今思うことがあります。まさしくFEBCの放送はエンドレスなお働きだということです。本当にすごい。

 

しかも、お便りや質問があれば、スタッフ総掛かりだと思いますが、丁寧に一人ひとりにお応えする。聖書通読講座も続けておられる。

 

まさにこれは、世にある教会の宣教そのものであり、働きは、伝道・牧会以外の何ものでもありません。頭がさがります。そして、よくぞ手放さずにここまで続けて来られたことか、と思います。

 

各地の教会と一体となって歩みたいと考えてくださる、その思いも、じわりじわりと伝わって来ました。しかもそれがさり気ない。

 

と同時に、続けて来られたその背後には、放送を必要としている、待っているリスナーの存在、そして、聴き手の側の方からの祈り。

 

何よりも、神さまからの働きかけがあるのだ、ということです。

 

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野球やサッカーの選手たちが、試合の直前に円陣を組み、気合いを入れて声を掛け合う場面をときどき見かけます。

 

FEBCのスタッフ方たちは、毎日の仕事を始めるときに、みんなで祈りを合わせるそうです。「合わせないでは居られません」とスタッフの安保ふみ江さんが仰いました。

 

やっぱりそうなんだなぁ、と深く思います。

 

さまざまなご事情があって、教会に集うことができない方々の心の支えがそこにある。

 

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放送の一番さいごに、「主の祈り」が、これ以上ゆっくりのテンポはない、と思われるほどに捧げられることの意味を思います。

 

あの、メイン・パーソナリティの吉崎恵子さんの主の祈りのスピードなら、だれもがしっかりとかみ締められるのですね。

 

そして、「おやすみなさい」と一緒に言える。

 

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わたしが歳を重ねて、あるいは、病気やケガで教会に行けなくなったならば、インターネットよりも、できればラジオの方で聴きたいなぁと思います。

 

同じ時を日本の各地に暮らすみなさんと共有しながら「主の祈り」を祈りたい。

 

H.ティーリケ先生という方のご本『主の祈り―世界を包む祈り』(新教出版社・新書です)の通り、世界を包み・世界を結ぶ祈りのイメージが、今回わたしの心の中にあらたに広がり始めました。

 

心から感謝いたします。

 

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放送を通して、わたしたち旭東教会一同で捧げた礼拝が、まだ見ぬ、本当にお一人の方の魂に届き、救いのみ業が起こされるならば、こんな嬉しいことはありません。

 

キリスト教放送局・日本FEBCのお働きを通して、主の栄光が輝き続けますように。

 

旭東教会一同、まことに細々とですが、心よりお祈りしております。キリストのうちにend

 

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【旭東教会 主日礼拝取材番組 全地よ、主をほめたたえよ】
○ラジオ放送 1566キロヘルツ
 2017年7月23日(日)21時30分~10時20分
○インターネット放送
 2017年2月10日(金)朝10時更新、2週間聴取可能
 ※再放送
 2017年7月23日(日)朝10時更新、2週間聴取可能
 

※下のミニ写真館、Clickで簡単な〈解説?〉がでてきます。お楽しみください!


ミニ写真館 2017年1月29日(日)キリスト教放送局・日本FEBC 取材