2017年4月22日(土) № 112 『 信仰の〈 かたち 〉 』

2017年・旭東教会の〈イースター卵の樹〉です。紫陽花の枝と共にうつくしい、と思いました。感謝
2017年・旭東教会の〈イースター卵の樹〉です。紫陽花の枝と共にうつくしい、と思いました。感謝

イースターおめでとうございます。

 

各地の教会、それぞれのお宅で、イエスさまのご復活の恵みが豊かに広がりますように。

 

さてさて、きょうのBlog・教会日記のタイトル。『信仰の〈かたち〉』といたしました。

 

なんだか、ちょっとむつかしい感じがするタイトルですが、これをもとに、わたくし(牧師のもりでございます)ご一緒に分かちあえればと願っています。

 

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2017年のイースターを迎えて、考えはじめていることがあります。

 

それは「イースター卵の樹」(勝手につけた名前ですが)が礼拝堂に飾られて、その創作のご奉仕をされた(風邪をひいて休んでいた)美樹さんの言葉を聴いたことが切っ掛けでした。

 

そして、あー、それって、とっても多くのことにつながって行く大切な鍵、或いは、扉なのではないかなという気付きを与えられたように思うからです。

 

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美樹さん、わたくしの妻の名前です。

 

牧師館で家族として共に暮らしているわけですが、4月16日のイースターの数日前から、発熱でダウン。

 

イースター前の大切なひととき、洗足の木曜日の「受難の賛美と黙想のとき」や聖金曜日の「受難日礼拝」にも出席できませんでした。ようやく、快復しつつあるこの頃です。

 

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美樹さん

 

復活祭に向けてたぶん3ヶ月近く前から何やら構想を練り始めて、イースターのシンボルのひとつである卵を使っての創作(工作に見えましたが)をこつこつと続けていました。

 

こんな感じになる、というのをご本人はイメージしていたのだと思いますが、わたくしの鈍感な感性では、カンセイ後の予想図が正直なところ分かりませんでした。

 

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イースター当日、陽射しがやさしく射し込む礼拝堂前方に置かれた〈卵の樹〉ほか、とってもうつくしいものでした。

 

美樹さん、教会に暮らして居るということで、体調がすぐれない中、前日の土曜日遅くに、わたしでは役に立たないこともあり、何日も前から完成していた飾りを降ろしました。

 

遠くから眺めても、近くから見てもうつくしいなぁと感じました。

 

人それぞれに受け止め方はあると思います。でも、どこかの書籍に全く同じものがあるのを観たこともありませんでした。

 

卵の樹の枝は紫陽花でした。書子(ふみこ)さんのお宅から頂いたものが、芽吹き、緑がまた素晴らしくうつくしい。感嘆しました。

 

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旭東教会ホームページを観て、美樹さん宛にですがお葉書が届いていました。信頼する信仰の友からのもの。

 

そこには「愛餐会で卵を配ることしか考えていなかったので反省しました」という意味のことが記されていました。

 

そうか、そうだよな、でも、普通はそれで精いっぱいだよなあ、○○さんの教会は大きな教会だし、と思ったものです。

 

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復活祭の夜か、その翌日だったか。美樹さんがぽつりとこう言いました。

 

九州は博多出身の美樹さんですから博多弁です。

 

「あの卵、わたしの信仰告白やけん」と。

 

その時も、素直になるほどと思いました。特に美樹さんの場合、人前で話をすることは苦手だなぁ、との思いがあるのかも知れません。

 

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そして、今、もう少し大きな目で〈信仰のかたち〉ということで思い巡らしてみると、人にはそれぞれの信仰の現し方があることに気付かされたのです。実に鈍感な話で恥ずかしくもありますが・・・。

 

考えてみれば、週毎の、礼拝堂に〈お花を生ける〉奉仕もしかり、礼拝の予告掲示のための〈毛筆〉奉仕もそうです。もちろん〈奏楽〉奉仕も立派な芸術であり信仰のかたちです。

 

愛餐会の〈お料理〉も、綿密な準備が必要。旭東教会のイースターの食卓に並んだ「ばら寿司や桜餅」。心底美しいものだと思いました。食べ始めるのがもったいないくらいきれいでした。

 

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わたくし、礼拝説教でも、世の同労の牧師たちと比べ、比較的たくさんのキリスト教絵画に触れることが多い者です。

 

そのようにしているのは、個人的にキリスト教絵画によって信仰の眼が開かれてきたいろいろな経緯があります。

 

そして、長いキリスト教会の歴史の中で、やはり、芸術は信仰のひとつのかたちとして、重んじられてきたことと無関係ではありません。

 

キリスト教はことばが重んじられる宗教だと言います。それは間違いないこと。神のみ言葉、聖書、説教、さんび、信仰の告白とどれもことば抜きでは考えられません。これからも変わらないでしょう。

 

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けれども、今一度、やわらかな心と感性で、考えて見る必要がありそうだと思い直しています。

 

信仰の立場にたって、プラカードを掲げて声を上げる生き方もあります。座り込みをすることもある。

 

芸術の世界も幅が広いものです。音楽の分野も含まれます。キリスト教絵画、あるいは、初めて見たときにわたしには奇異にさえ感じた、リタージカルダンス、というものもあります。

 

水野源三、星野富弘、八木重吉というキリスト教信仰に生きる(生きた)詩人たちも思い出します。

 

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信仰義認の立場を最重要と考える方たちからすると(例えばルター)、「藁(わら)の書簡」とすら呼ばれ、軽んじられた歴史もあるのは『ヤコブの手紙』です。

 

しかし、最先端を歩まれる聖書学の先生からすると、今日(こんにち)、『ヤコブ書』こそ、もっとも見直されるべき書簡である、ということも言われるのがキリスト教の世界の現実でもあります。

 

わたしなど、ことばで語り伝えることが当たり前のつとめに仕えていますから、苦労はあるにせよ、お話することを通して、信仰を表明するということに慣れすぎているのかも知れません。

 

もっとことばを添えるならば、存在の貴さ、Beingの貴さから、わたしたち、教会生活を考えて行く必要がありそうです。

 

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教会の世界、信仰の世界の奥深さを考える切っ掛けとなった旭東教会の〈イースター卵の樹〉。

 

そして、「あの卵、わたしの信仰告白やけん」ということば。

 

主がお示し下さったこととして、しっかり受け止めて行きたいな、と思った次第です。

 

どうぞ、旭東教会にどなたもお気軽においで下さい。一同、心よりお待ちいたしております。信仰の旅路をご一緒いたしましょう。end

 

以下、ミニ写真館で、ゆたかな信仰のかたちをお楽しみ下さい。


旭東教会 信仰のかたち (コメントなしです) Clickで大きくなります!



2017年4月15日(土) № 111 『 洗足の木曜日、そして受難日礼拝にて 』

2017年4月13日(木)の午前、「受難の賛美と黙想のとき」をもちました。その中で、ヨハネによる福音書13章に倣って洗足を実施!
2017年4月13日(木)の午前、「受難の賛美と黙想のとき」をもちました。その中で、ヨハネによる福音書13章に倣って洗足を実施!

こんにちは、明日はイースター・復活祭ですね。

 

Blog・教会日記のライターは今日もまた牧師のもりでございます。よろしくお願いします。

 

今、お昼の12時前。午後からは、教会のお台所で、明日の愛餐会に向けて、ばら寿司の仕込みが始まる頃です。

 

ばら寿司。

 

岡山にはじめて降り立ったときに、ご馳走して頂いたのが、JR岡山駅の駅ビルにある、とてもきれいなカウンターのお寿司屋さんのばら寿司でした。

 

それから、着任歓迎の愛餐会のメニューもばら寿司だったことを思い出します。キーボード入力しているだけでお腹がすいてきます。本当にたのしみだなぁと思います。

 

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さてさて、今回は、受難週の振り返りの日記です。

 

これまで何十年にもわたって続いてきたはずの「受難週・早天祈祷会」に代えて、今年は思いきって「受難の賛美と黙想のとき」を洗足の木曜日に、そして、きのうは「受難日礼拝」を守りました。

 

いずれも、朝10時からと夕方は19時半からの二回。

 

今年は5時過ぎに起きる早起きもないし、だいぶ楽な受難週になるかも知れない。そんな悪魔のささやきが、少なくともわたしの耳元には聞こえていました。

 

結果はどうだったか。正直に申し上げると、なかなか鍛えられる一週間でした。

 

すごーく恵まれましたが、なにぶん初めて取り組むことが多く、すこしばかり準備が大変だったのです。

 

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見本となるプログラムなどが手元にあるわけでもありません。さまざまなことを学ばせて頂いたり、経験して来た中でのオリジナルを創り始めました。

 

場所はいずれも礼拝堂。

 

でも、それだけで準備が整うわけがありません。日曜日の礼拝の席に座って、ただ何となく、賛美歌をめくっては歌い、立ち止まるというのではもの足りないなぁ、と思ったわたくし。

 

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火曜日の朝だったでしょうか。

 

そうだ、先ずは、礼拝堂のセッティングをしようと思いたちました。そして、下の方にupしたような、なかなか、goodな空間が誕生。

 

旭東教会では夕礼拝を5月から月に1,2度始めますが、夕拝もこんな形でしたいなぁ、と思う程に気分が落ちつく配置が生まれたのです。

 

夕礼拝の方は、椅子の移動が大変なのでちょっと無理だとは思いますが。

 

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でも、お席の準備が出来ても、それからのプログラム作りに悩みました。

 

「受難の賛美と黙想のとき」がおわってから、出席しておられた教会音楽に造詣が深い女性がこう言われました。

 

「先生、オラトリオでしたねぇ」「『礼拝と音楽』(季刊・日本キリスト教団出版局)に投稿したらどうですか」と。

 

まぁ、そんなことを感じるような、深く、豊かな、時になったということです。

 

よかった、嬉しいです。

 

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プログラムでは、まず【 降誕・公現 】【 生涯 】【 過越 】【 洗足 】【 裏切り 】【 苦難・十字架 】【 死 】【 信仰者の生き方 】【 永遠のいのちへの希望 】【 愛 】という項目立てを考えました。最後に【 主の祈り・祝福 】も置きました。

 

それから、ふさわしい賛美歌を、歌詞の内容からピックアップする作業が始まりました。

 

ヒムプレーヤーをかけたり、賛美歌略解をひらいたりしながら、ある賛美歌は2節だけ、ある曲は2節と4節、あるいはすべての歌詞、というような形で構成を練っていった次第です。

 

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わたくし、賛美していて泣けました。しばらく皆さんの歌声に心を傾けているだけの時間がありました。

うーん、何かのスイッチが入ったのでしょうか。

 

でも、それくらい豊かな、迫ってくるものが溢れるような時間だったのです。

 

参加された他の方たちはどうたったのか、まだ、聴いていませんが、たぶん、これまでに経験したことのないものに出会う経験をされたのではと思います。

 

いろいろな賛美歌の良さをあらためて学ぶ機会にもなりましたが、21-107「主イェスのみ名は」など、区分が「葬儀」に置かれている不運な賛美歌のようにおもいました。その歌詞の内容、そして、後半に入った辺りの高音の曲調、しびれました。

 

テゼ共同体の賛美21-112「イェスよ、みくにに」。

 

イェスよ、みくにに おいでになるときに
イェスよ、わたしを おもいだしてください。

 

こちらは繰り返しで(20回以上は続けました)、日本語でも日本語でも自由にどうぞ、ということで賛美しました。こちらも、すごい力をもっている賛美歌でした。

 

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とりわけ、「洗足」を実施したのは意義深いものとなりました。

 

ちょっとフライングぎみですが、2017年4月16日発行の週報:「窓」欄にその時のことを記していますので、ご紹介です。

 

                            *

 

【窓】『洗足(せんぞく)』


洗足の木曜日の(4月13日)朝夕。「受難の賛美と黙想のとき」をもった。主のご生涯をたどる賛美と共に〈洗足のイエス〉の姿も含まれるヨハネ福音書13章を朗読。

 

式次第には記していなかったけれど、水の入った〈たらい〉と新品の〈タオル〉も準備。洗足を行うことができた。

 

ひざまずいて足を洗う僕(しもべ)役を立候補された方から指名をお願いし「○○さんの足を洗わせて下さい…」という形で実施。

 

洗う役・洗われる役をされた双方、感慨深げな様子。「これは人生が変わります」のお声も聞こえた。

 

実はわたし、お子さんの足を洗わせて頂いたことはあるものの、まだ自分の足を洗われたことがない。どちらも必要、とようやく気付いた。(もり)

 

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というような具合です。感謝な経験となりました。

 

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もう一つは、聖金曜日の「受難日礼拝」

 

朝に夕に、それぞれやってよかったなぁ、と思うことがありましたが、こちらも、ただ、聖書朗読して、お祈りして、賛美歌を歌いましょう、ではもの足りません。

 

何より、説教を準備するのに、式次第があるのとないのとでは全く違います。賛美歌を選び、祈りを配置し、黙想を入れ、聖餐式を行い、さいごは祝祷する。

 

普通ですと、この段階で語るべきことが見えて来ることが多いのですが、今回はメッセージが与えられるまでに、少し苦労がありました。

 

でも、今できる精いっぱいのことはやり切れたのでは、という感じもしています。メッセージそのものは、礼拝メッセージブログにアップロードしていますのでお聴きになれます。

 

よろしければどうぞ。

 

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説教うんぬん以上に、あの時間を共有できた方たちは、それを経験しなければわからない何かに触れられたのではと思います。

 

夜は、ある事情もあり、特に聖餐式を執り行ったのですが、今までに経験したことのない、主の血潮の力が迫ってくるひとときとなりました。

 

受難日に聖餐式。意義深いものだと教えられた次第です。

 

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18歳になったばかりの感性豊かなお嬢さんも出席してくれていて、

 

「もりぼくし、せんせいにあとででんわするかもしれない。いいですか」

 

と礼拝後に迫られて(笑)びっくりするやらうれしいやら。

 

そんな恵みにもあずかった次第です。

 

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たくさんの方でご一緒するのもうれしいですが、程々の人数で、しずかに、奥深く、過ごせた時間は貴重な経験となりました。

 

聖霊の導きを頂きながら、また、これからも受難週のプログラムをともに実践していきたいなぁ、と思った次第です。

 

つたないご報告でした。

 

旭東教会が経験しためぐみを少しでもお届けできれば幸いです。

 

素敵なイースター・復活祭をお迎え下さい!ご機嫌よう。end

 

下の写真はクリックで大きく美しく見えます(^^♪

 



2016年4月28日(木) № 62 『 カナダから お帰りなさい光子さん! 』

詳細は本文の下の方でと思いますが、ダレが誰なのかな? 光子さんと三人のお嬢さんのお写真です。
詳細は本文の下の方でと思いますが、ダレが誰なのかな? 光子さんと三人のお嬢さんのお写真です。

 

昨年6月末から、カナダ在住のご長女のところに出掛けておられた光子さんが、先だって元気に帰国されました。

 

長女・ひろみさん、長男・たかよしさん、次女・あさこさん、次男・かずおさん、三女・てるみさんという5人のお子さんのお母さま。

 

1925年(大正14年)9月1日生まれですから現在90歳です。

 

日本を出発する頃は、おみ足に痛みがあって苦しんでおられましたが、カナダに滞在される間にすっかりお元気になって帰国されました。

 

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「お帰りなさい!」のご挨拶をと思い、4月23日(土)の午前、ご自宅に伺って参りました。

 

おっと、わたくし牧師のもりでございます。

 

その際、カナダからご一緒されたひろみさん、栃木県在住のたかよしさん、そして、西大寺で首を長くして待って居られたあさこさんも居られて、話が弾みまくりの2時間余りを過ごしました。

 

そこにご一緒に居られたお子さん方も皆さん誠実なクリスチャンです。

 

さまざまなご苦労を乗り越え、宣教師からの伝道に触れ信仰を持つに至った光子さんのお話などお聞きするにつれ感じたこと。

 

それは、ご一家の多くがクリスチャンであることの恵みです。

 

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その日の朝も、黙想のための『Daily Bread』をみんなで読んで、朝の家庭礼拝を守ったご様子。

 

わたくしの到着と共に発せられたのは、なな、何と、当日の第1コリント書12章にあった【預言する力】に関連しての質問でした!

 

しどろもどろになりそうでしたが、何とか最初の難所を乗り越えて、ご一家との団らんが始まりました。

 

もちろん、お別れ前にはみんなで祈りを合わせて「アーメン」と唱和です。

 

できそうで出来ない、大人数のご家族との信仰の交わりの時でした。

 

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そこに居られたごきょうだい3人、ゴクゴク自然に役割分担をされています。

 

8割方のお話はスポークスマン役がぴったりのひろみさん。

 

そして、「そうだねぇ」のうなずき係をご長男のたかよしさんが担当。

 

ご家族のハーモニーとバランスをやさしい笑顔で見事にとられる次女のあさこさん。

 

光子さんの子育てはお見事!と拍手です。

 

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光子さん、一年弱のカナダ滞在でオシャレになった、ということではないようではありますが、考えて見ると90歳のご婦人のセンスではありませんでした。

 

お写真でぜひご確認を。

 

格好いいというか、可愛らしいというか。お若いというか。

 

90歳のおばあちゃまでこのような素敵なpantsをはいている方、見たことありますか?

 

その辺りのことを突っ込んでみますと、「着せ替え人形でいじられているんです、先生」と仰ってました。

 

穏やかなあさこさんからは、「子ども用の服がぴったりなんです」という裏情報も飛び出し、ナルホドと感心いたしました。

 

どうぞ、Blog内の写真で、90歳の光子さんの素敵なファッションセンスをチェックなさってみてください。

 

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旭東教会でも写真を大切にしているのですが、光子さんご一家から、とーっても素晴らしい写真を見せて頂きました。

 

それが、TOPにあります着物姿のお嬢ちゃんたちの大きな、そして古い時代のお写真です。いずれも、七五三の時のもののようです。

 

で、光子さんには3人のお嬢さんのはず。確認してみますと、なんと光子さんの85年程前の写真も含まれている、というではありませんか。

 

いやぁ、驚きました。そして、こういう並べ方をして素敵なアルバムを作られたご長女のひろみさんのideaに感服です。Wonderfulです、ハイ。

 

旭東教会でも、創立120周年記念誌、いえいえそれどころか、創立200年記念誌などのことを視野に入れて、しっかりと写真の整理を始めなければなりませぬ。

 

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では、読者の皆さま。お別れ前に質問です。4人のお嬢ちゃんのうち、左端はドイツ在住のてるみさん、というヒントを先にお出ししますが、残りのお三方。

 

一体、どの子がひろみさん、あさこさん、そして光子さんなのでしょう?

 

しばらくの間、お楽しみくださいませ。写真は昭和38年生まれの左端の輝美さん以外は写真館での撮影とのこと。

 

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それにしても、光子さんが元気にカナダから帰国されて嬉しい限りです。さっそく、4月24日(日)の礼拝にご一家でご出席になりました。下の方にありますミニ写真館で日曜日の様子もupしています。

 

光子さんとお子さん方も含めて、旭東教会一同、これからも、喜びも悲しみも分かち合いながら、旅路をご一緒したいと願っています。

 

カナダからご帰国のご長女のひろみさんは、旭東教会の礼拝に久しぶりのご出席。開口一番、みんなの賛美の素晴らしさを誉めてくださいました。

 

そして、礼拝メッセージについても「いつか、カナダの教会で説教をして下さい。日系の方々が喜ぶと思います」と励まして下さいました。嬉しいことです。

 

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教会を後にされるとき、ひろみさんのご挨拶は「bye-byeーーー」と少し高めの声で言われた、と美樹さんが申しております。

 

皆さん、ひらがなの「ばいばい」でも、カタカナの「バイバイ」でもありません。あくまでも「bye-byeーーー」でございます。真似はちょっと無理のようですね。

 

ひろみさん、ぜひまた、お目に掛かりましょう!光子さんのこと、みんなでしっかりと御守りいたします。end

  ※下の写真はclickしてお楽しみくださいませ。大きくなって解説?が少しあります。



2016年4月19日(火) № 61 『  さっちゃんの部屋から見えた 日本一の鯉のぼり!  』

2016年4月19日(火)の午後、幸子さんのお部屋から見えたのがこちらの鯉のぼり! 高松市立古高松南小学校(たかまつしりつ ふるたかまつみなみしょうがっこう)の校庭を泳いでいます。
2016年4月19日(火)の午後、幸子さんのお部屋から見えたのがこちらの鯉のぼり! 高松市立古高松南小学校(たかまつしりつ ふるたかまつみなみしょうがっこう)の校庭を泳いでいます。

 

旭東教会から、高速道・瀬戸大橋を通って車で2時間。

 

久しぶりに高松市内の仲間たちの家庭訪問に行って来ました。

 

正さんと牧師夫妻3人での小旅行でした。

 

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高松市内の施設でお過ごしの幸子さん。

 

約束の時間に少し遅れて到着すると、車椅子に乗って玄関で待っていてくれました。

 

しばらくは、広ーいホールを貸し切りで歓談。

 

正さんのタブレット型パソコンで旭東教会のホームページにある去年の訪問時の写真を見たり、正さんの吹いて下さったハーモニカに合わせて「いつくしみ深き」を歌ったり。

 

その後、ふと窓辺を見ると、泳いでいる鯉のぼりたちが目に入りました。

 

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幸子さん

 

4階の自分の部屋に来ればもっと見えるよ、と教えてくれました。

 

すると見えたのが、上の写真でご紹介している、見事に泳いでいる鯉のぼりたちです。

 

この日は特にでしょうか、いい具合に風が吹いて、素晴らしい泳ぎっぷりです!

 

先ほど調べてみましたら、高松市立の小学校の校庭の鯉のぼりでした。

 

岡山への帰りの車中、「子どもたちが大切にされているって感じですね、あの鯉のぼりは!日本一じゃないかなぁ」と晴れやかな心になる高松訪問でした。

 

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幸子さん。

 

5月22日(日)の三位一体主日には、いつものように、車椅子に乗って、お一人でJRを乗り継ぎ、旭東教会の礼拝に出席予定です。

 

午後はピクニックにも参加。

 

幸子さん、お弁当の申込みも確かに賜りましたよー (^^♪

 

※下の写真、2016年4月19日(火)の高松訪問時のミニ写真館です。clickをどうぞ。



2016年4月10日(日) № 60 『  旭東教会の力もち…・・・《 緑の牧場 》の頼もしい裏方さん達?  』

緑の牧場編集委員会の様子です。新メンバーの幹子さんも積極的に発言。委員長の泰さん、タジタジ?
緑の牧場編集委員会の様子です。新メンバーの幹子さんも積極的に発言。委員長の泰さん、タジタジ?

 

 

 

 

 

写真は4月10日(日)の礼拝後、集会室の一番奥で行われていたミーティングの様子です。

 

わたくし(牧師のもりでございます)も、そこに参加する責任があるような気もしますが、居なくても全く問題がない。

 

実に頼もしい委員会です。

 

「会議」なんて申しますと、何やら堅苦しい感じがいたします。

 

でも、このお三方の様子を見ていると、やはり「会議」と呼ぶには相応しくない楽しげな空気がありました。

 

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では、以下、少しご説明を。タイトルの中の『緑の牧場』は旭東教会の「会報」の名前です。

 

ちなみに、本ホームページの中に、「緑の牧場・あかし集」の部屋があります。こちらをお訪ねくださいますと、わたしたちの教会報の中身がどんな具合であるか、少しばかりお分かりになるかも知れません。

 

お時間があれば、ぜひ、お訪ねくださいませ。

 

『緑の牧場』は2006年10月29日にしばらくお休みしていた『緑の牧場』が復刊。

 

その後、丸10年を経て、次の号は再刊後の号数で申しますと、30号目になる、というおめでたい準備が始まっています。

 

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ちなみに、お気づきの方も多いかも知れませんが、『緑の牧場』は「旧約聖書」の中でも一番愛されているみ言葉のひとつとして知られる、「詩編23篇」からのものです。

 

とは言え、『聖書 新共同訳』が発刊されたのが1987年・昭和62年。

 

実は、新共同訳ではこの【緑の牧場】という言葉が詩編23篇には見当たらなくなりました。

 

●新共同訳【主はわたしを青草の原に休ませ 憩いの水のほとりに伴い】

とあります。

 

●口語訳【主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる】

 

『緑の牧場』は、こちらから頂いた由緒ある名前だと分かります。

 

ちなみに、さらに昔の聖書ではこうです。

 

●文語訳【ヱホバは我をみどりの野にふさせ いこひの水濱にともなひたまふ】

やはり、『緑の牧場』が、旭東教会会報にはぴったりのようです。

 

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編集委員会のリーダーは左に居られる泰さんです。

 

さまざまな賜物をお持ちの泰さんですが、並々ならぬ思いをもって、会報の発行に尽力し続けてくださっています。

 

ご自宅で、夜も遅く迄か、朝も早くからか、編集作業をして居られるのではと想像します。ご家庭でのシャロームを祈るばかりです。

 

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それから、2015年の春から編集委員として加わって下さっているのが、奥の方のW兄です。

 

地元岡山の新聞と言えばこれしかない、という所で長年お仕事をされ、おそらくは、お若い頃には記者として取材に当たって居られたご経験があり心強い限りです。

 

2年前のクリスマスに受洗され、お連れ合いの文さんともども、日曜日の礼拝を心待ちにしていてくださいます。

 

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さらにもうお一方は幹子さん。

 

教師として「国語」をお教えになっていたというスンバラシイ賜物をお持ちです。さらには、現役でストーリーテリングの研鑽とご奉仕をされている方で、美しい言葉への感度は教会随一かも知れません。

 

今年の1月に転入会され、日曜日毎に笑顔が見られて本当に嬉しいです。

 

この他、編集には直接たずさわりませんが、印刷担当の美樹さんも居られます。

 

つまり、泰さん以外の3名は、皆さん、過去1年半に旭東教会のメンバーとなられた方々ですので、新しい力が活かされて、実に頼もしい限りです。

 

このように、少し前迄とは陣容がすっかり変わり、リーダーの泰さんも張り切ってご奉仕くださっている様子が伝わって来るのも当然かも知れません。

 

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近い所での予定はこう伝わって来ています。

 

受難週の早天祈祷会の様子がまとめられる特別号の発行!

 

さらには、記念の30号はSpecialゲストのメッセージも頂きたい、という発案もあるようです。

 

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旭東教会にはさまざまな力もちが居られます。

 

みんなの賜物がすこやかに活かされ、4月から始まったばかりの東教会の2016年度が、み言葉と聖霊に導かれて行くことほど嬉しいことはありません。

 

かつて、ある教区の大先輩の牧師からこう言われたことがあります。

 

「出来るのにしないのはいけないのだよ」と。

 

身に染みたお言葉でした。でも、出来ないことを無理にするのもいけないのですね。

 

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さいごに余談を少し。

 

旭東教会では、数ヶ月前にこういう禁止令が該当の方に向けて発せられました。『週報』の役員会報告にも記されていません。

 

▼礼拝堂の天井高くにある蛍光灯の交換作業は、独り、卓球台のテーブルに脚立を乗せて、作業してはイケン。少なくとも数人が脚立を下で押さえている状況でのみ可とする。

 

▼70歳を超えたら高い所には上がってはイケン。

 

※「イケン」は岡山近郊の方言でございます。「意見」や「違憲」の入力ミスではないのです(笑)

もしかすると泰さん、この禁令によってフラストレーションがひそかに高まっているかも知れません。

 

禁じるのが愛か、今まで通り、独り危険を冒す旅を認めるのが愛だったか、神さまのみがご存知です。

 

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穏やかですこやかな旭東教会。

 

イエスさまによる新たな出会いが与えられますこと、心待ちにしています。

 

どうぞ、いつでも、どなたでもお気軽にお出かけください!end

 

※下のミニ写真館、clickしてお楽しみくださいませ。解説付きです。



2016年4月3日(日) № 59 『  〈アナムネーシス〉何がこころに宿るのか  』

2016年4月3日、ジュニアサークルの礼拝の風景です。直ちゃんとお母さん、光代さんのメッセージにこころ傾けています。紙芝居はエマオ途上の旅人とイエスさまのパン裂きの場面。
2016年4月3日、ジュニアサークルの礼拝の風景です。直ちゃんとお母さん、光代さんのメッセージにこころ傾けています。紙芝居はエマオ途上の旅人とイエスさまのパン裂きの場面。

 

神学校の最終学年の夏。

 

もう24年前になりますが、担任のO先生のご配慮によって、日本キリスト教団の、とある地区に同級生がいっせいに派遣されて、礼拝説教をさせて頂いたことがありました。

 

その時、O教会で説教をした友人がこのように皆に報告してくれたことを忘れられません。

 

「説教をし始めるとすぐに、教会の皆さんが筆記用具を手にして、メモを取り始めた」と。

 

わたしも(牧師のもりでございます)若い頃に講壇から語られる牧師のメッセージを週報にメモしたものです。

 

しかし、ほとんど読み直した覚えがありません。皆さんはいかがでしょう。

 

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さて、2016年度の始まりの日曜日となった4月3日。

 

子どもたちを中心とした礼拝が9時ピッタリに始まりました。場所は歴史ある旭東教会の美しい礼拝堂です。

 

その日の説教の担当は光代さん。

 

ルカによる福音書23章のエマオ途上の旅人の箇所からのメッセージでした。

 

紙芝居を読んで下さったり、藤城清治さんの美しいカードを使って語って下さいました。空気が澄んでるなぁと感じた清い時間でした。はい。

 

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この日の礼拝。

 

子どもは小学校1年生の少年・直ちゃん一人。他には、直ちゃんのお母さん、そして、スタッフが4名と92歳の正さんも参加。

 

子どもが少なくても、礼拝は大事にしようということで、楽しく賛美し、祈りを合わせます。

 

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直ちゃん。

 

いつものように、一生懸命に聖書を輪読し、大きな声でさんびしていました。

 

そして、紙芝居が始まると、グーッとその世界に入って聴き入っている様子。

 

その集中力といったら大人が見倣わなければならないなぁ、といつも感じるのです。その純真さは天性のもの。いえいえ、神さまからの賜物です。本当に素晴らしい!

 

時々、ホームページで直ちゃんの姿が見えますが、いつも感動します。

 

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礼拝が終わってから集会室に移動して分級がありました。

 

光代さんが「直ちゃん、今日の紙芝居の中で、どの絵が一番すきやったかなぁ(あるいは、こころに残ったかなぁ)」と質問。

 

すると直ちゃん、迷うことなく指さしたのが、今回のブログの大写しの写真の絵だったのです。

 

そう。

 

イエスさまと二人の旅人が宿屋に入って、夕飯を一緒にとろうとしたその時に行われた、イエスさまによる〈パン裂き〉の場面でした。直後に、目の前に居られたはずのイエスさまが見えなくなる、あの場面です。

 

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〈アナムネーシス〉という言葉があります。

 

「想起する」という意味の語です。

 

アナムネーシスはギリシア語ですが、信仰生活の中でとっても大事なことだと教えられてきましたし、わたしもそう信じています。

 

わたくし、聖餐式が行われる礼拝でパン裂きをします。

 

もしもその場面を、お母さんと一緒に礼拝に残っている直ちゃんが見掛けたら、「あっ、光代さんがしてくれた紙芝居といっしょ」と思い起こすのではないか、と想像します。

 

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直ちゃんのみならずですが、子どもたちが礼拝に出ていて、メモを取る姿を見たことがありません。

 

でも、子どもたちの、やわらかな心の中のスケッチブックには、神さまの恵みの出来事が描かれるのですね。

 

光代さんはその後、「じゃあ、この紙芝居の絵を写して、パズルを作ってよ、直ちゃん」とお願いしていました。

 

直ちゃん、大喜びです。

 

これまた熱中して紙芝居を一生懸命に写し、その後、光代さんがバラバラになったパズルで苦戦する様子を楽しそうに見ていました。

 

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わたしたちは、主イエスによる福音の出来事をどんな形で指し示すことが出来て、分かち合うことが出来るのか。

楽しみなチャレンジであり、とても奥深い恵みだと感じます。

 

どうぞ、大人の皆さんも、旭東教会の朝9時からの礼拝に気楽にご参加下さい。

 

おだやかで、とーってもこころ豊かな朝となること、お約束いたします。end

 


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