2016年11月25日(金) № 92 『 あったかくて心強い 地元のつながり 』

2016年11月22日(火)夕刻、工事も終わり試運転中。教会近くにお住まいの正さんに、「来て、ご覧になりませんか」と連絡。程なくのシーンです。
2016年11月22日(火)夕刻、工事も終わり試運転中。教会近くにお住まいの正さんに、「来て、ご覧になりませんか」と連絡。程なくのシーンです。

11月22日の火曜日。朝9時過ぎに到着して夕方まで空調関連の工事を担当して下さったのは、旭東教会がある西大寺のど真ん中、西大寺中野本町にある《花口電機》さんです。

 

もう一人、倉敷の方から(車で一時間弱の距離です)は、花口さんの長年の仕事仲間で、「仕事の美しさと確実さは指折り」と花口さんからあとでお聞きした、空調関連設備の職人さんもご一緒でした。

 

「類は友を呼ぶ」という言葉があります。

 

まさにこのことと感じるのは、お人柄に惹かれることの多い花口さんが連れて来られる職人さんたちの優しさや気持ちの良さです。この日の倉敷からの職人さんもいい方でした。

 

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昨年の秋以来、あれこれと本格的にお世話になることが多くなった花口電機さん。

 

一年前位に知ったことですが、嬉しいことに、我ら旭東教会の亮(たかし)さんとは中学校の同級生です。

 

それだけでなく、亮さんのお父さまの一成さん(昨年9月召天、旭東教会の教会学校長を長年つとめられました)の元、地元のボーイスカウトで鍛えられたということでも遠からぬお交わりがある方なのです。

 

西大寺のボーイスカウト。時に、教会の奥の集会室に全員集合、なんてこともあったようで、今でも、幼い頃の礼拝堂奥の部屋の記憶が、花口さん残っているそうです。

 

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旭東教会がある西大寺。

 

1969年(昭和44年)に岡山市に編入合併されるまでは、西大寺市として存在していた町です。今でも岡山市東区の区役所や図書館、保健所などがあって、本当に暮らしやすい町です。

 

過去の歴史については、わたくし(牧師のもりでございます)まだまだ勉強中ですが、かつての西大寺市の庁舎など、教会から直線で180㍍程の所に今も残っていて、再開発を待ち続けている状態です。

 

花口さんとお話ししていると(ひとまわり位年下)ですが、「今のあのスーパーは昔ボウリング場だったんです」とか、色々と教えて下さったりします。

 

西大寺名物、観音院の裸祭に参加する方たちの心意気なども含めて、地元のお話を聞かせてくれることもあるのです。

 

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どこの町にも大型量販家電販売店があるように、西大寺、そして、川向こうの町も含めれば、安売りのチラシを新聞に入れている家電店は、こちらでも探すのに苦労しません。

 

でも、花口電機さんとのお付き合いを始めてわかってきましたが、やっぱり、地元のお店が元気でいて下さることに、多少なりとも貢献出来ることは、わたしたちの教会にとっても、本当に幸せなことだなぁと身にしみてわかり始めました。

 

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花口さん。

 

奥さまとお父さまがお店の留守番を交替にして下さったりしているようですが、あれこれ聞いていると、地元の学校・警察署・公共施設等、あちこちからお呼びが掛かることが多いようです。

 

花口さんのお店にはたくさんの商品が並んでいるわけではありませんが、現代の町の電気屋さんというのは、商品の陳列は殆ど必要が無いようです。

 

数ヶ月に一度、他の小売店さんと一緒に、大きな展示場で販売会をするときに、最新の家電に触れて頂けば、あとは、高齢化や独居が多くなった方たちを花口さんが訪ねていって相談に乗ってくれたり、手の届かない電球を変えてくれる、頼りになるお兄さんなのです。

 

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旭東教会の礼拝堂の電灯の交換。

 

今までは、泰さんが、危険を顧みず、長椅子の上に卓球台を乗せ、さらに、そこに脚立を載せてスイスイと蛍光灯の交換をして下さっていました。

 

これは、現在は90歳を越えた正さんからの伝授なのかも知れません。でも、やっぱり、万が一のことがあったらたいへんです。ご家族にも申し訳が立ちません。いえいえ、怪我だけで済まないことも考えられます。

 

二度程前の蛍光灯の交換から、花口電機さんに来て頂くようになりました。もちろん、花口さんとて、緊張しながらの交換であることは間違いありませんが、手慣れていることには違いないのです。

 

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この度は、FF式、つまりクリーン排気の微温風・輻射ヒーターの設置をお願いしました。

 

40年或いは50年は使われたのではないか、と思われる旧式のあつあつ石油ストーブが春に引退。

 

子どもたちやご高齢の方たちの万が一の事故も心配ですから、火の気のない安全でクリーンな暖房器具を探したのです。

 

その結果、お隣の光明園家族教会の礼拝堂で使われている、給油等の手間もなく、エアコンとの使い分けで経済的な器具を設置することができるものを見つけて設置となった次第です。

 

工事は花口電機さんに相談。合わせて、玄関ホールの冷暖房を考えるgoodタイミングが重なり、眠っていたエアコンの移設工事もお願い出来たのでした。

 

ビジネスとして、ちょっと厳しめの相談をすることもあり、いわゆるベンキョウをして、と申し上げることもありますが、旭東教会、本当に助かっています。

 

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わたくし、お仕事の相談がひと段落すると、だいたい、あれやこれやと地元のお話を始めます。

 

お寺さんの事情など、さまざまに話が広がるひとときも生まれます。小学生と中学生のパパですので、現代の子ども事情も何気なくに会話の中から聞かせて頂けます。

 

時には、瀬戸内海のちいさな島にも時に出向いて、「明日は、警報器の仕事で船を出してもらいます。夕方、何時に戻ってこれるかなぁ」なんて話も聞くことがあります。

 

こちらとしても、大いに刺激を受ける情報もあり、謝しているところです。日本の各地の町で、いまだ昔ながらの家電販売店が決して姿を消してしまうことがないのも、その理由がわかります。

 

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花口電機さんは、一般の工務店関連での会社員としての経験もあり、ふつうの電気屋さんの取り扱いよりもだいぶ幅があるお仕事が可能のようです。

 

例えば、名刺には「福祉用具専門相談員」などという勉強も必要になりそうな文字もあります。

 

さらに、わたしもこんなことを書いてみたいものだと思いますが、「お役に立てることならどんな事でもご相談ください」と記されています。

 

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他にも、とっても楽しかったり、なるほどねぇと考えさせられる、あれやこれやもありますが、今回は、これで終了といたします。

 

旭東教会には、少し離れた所から礼拝にお出で下さる方多数居られますから、これからもしっかりとした教会形成をと願います。

 

と同時に、地元や周辺町村にお住まいの方々のためにも、なくてはならない旭東教会でありたい。そんなことも考えさせられています。

 

イエスさまは「向こう岸にある瀬戸内のちいさな島にも行こう」と、もしかすると、新しいミッションを促されるかも知れないのです。end

 

※以下、花口電機さんの仕事ぶりを写真でご紹介。Clickで解説?が読めます。

2016年11月19日(土) № 91 『 レマちゃんを記念して 』

右端が安佐子さん、お母さまの光子さん、左は美樹さん。2016年11月16日(水)の11時頃、秋、空気が澄み小鳥たちの声が聞こえていました。。
右端が安佐子さん、お母さまの光子さん、左は美樹さん。2016年11月16日(水)の11時頃、秋、空気が澄み小鳥たちの声が聞こえていました。。

何だかわかりにくい?堅いタイトルになりました。

 

今号のブログ。11月15日(火)の夕刻、18年と数日の〈人生〉ならぬ〈犬生〉を終えた、まさに「クリスチャン犬」と言えるのではないかと感じる〈レマちゃん〉を通じての物語です。

 

レマちゃんを見送られたご家族との時を通じての思いを、少しばかりお分かちいたします。書き手はいつものように、牧師のもりでございます。

 

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ご遺族となられた安佐子さんから涙ながらの電話が教会にあったのはサッカーワールドカップの天下分け目の試合が行われることになっていた日の夕刻でした。

 

テレビがない我が家(携帯電話はガラケーで観ようとすればみえますが)では、最近使い始めたソニー製の新型ラジオのスイッチオンにして身構えていた頃です。テレビの音声もバッチリ入るのです。

 

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10日程前、(獣医さんから)「人間ですと100歳位になりますから、老衰ですねぇ」という言葉を聴いておられた安佐子さん。

 

「もり先生、お祈りして頂けますか」と、レマちゃんが点滴治療を受けて、少し元気を取り戻した頃に電話を下さいました。

 

土曜日の夕方だったような記憶がありますが、大阪から娘さんのHさんもレマ危篤!の知らせに、お仕事の都合をつけて帰省されていて、「主われを愛す」の賛美歌の歌詞をご家族とゆっくりとかみ締めて読み、わたくしと安佐子さんがお祈りしました。

 

レマちゃん、犬生を終えるその日の朝も、ヨーグルトをしっかりと口にしていたので、覚悟をされていたこととは言え、やはりお辛い時をご一家でお過ごしでした。

 

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実は、「お祈りして頂けますか」のお声掛けを頂いたその日に、急いでコピーして持参したものがありました。

 

わたしの大切な先生のお一人である関田寛雄先生のご著書・『「断片」の神学」―実践神学の諸課題―』(日本キリスト教団出版局)の中の小論でした。

 

題は「異種家族(いわゆるペット)とその葬儀について」とあります。

 

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ただ、ブログの読者の皆さんに先に申し上げなければならないのは、決して〈葬儀〉について絞り込んで書かれた論文などではない、ということです。

 

しかも、この論文の解説的あとがきに、関田先生がこの論文を記さなければならない実存的な出会いが、ご自身の川崎戸手教会の牧会の場で幾度もくり返されてきたことが土台になっているものだと「私的事情」として丁寧に記されています。

 

他に共に在るご家族が居られない方々が、多摩川の土手に捨てられていった犬たちと共に生きて居られた。そのような方々との掛けがえのない〈邂逅・かいこう〉の中から生まれた論文なのです。

 

「断片!」の中にこそ、神の国があると見抜かれて、これまでも、今も歩み続けて居られる関田寛雄という方の真骨頂がそこにあります。

 

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「お祈りして頂けますか」の願いに対して、もちろん、お祈りもいたしました。

 

でも、ある意味、上にご紹介したタイトルの本のコピーを差し上げるのは酷であることは気付いていました。

 

しかし安佐子さんは、その奥底にある何かを受け止めて下さったのだと思います。よかったです。

 

レマちゃんとの別れの儀式がおわってご一緒に語らう中で、「あれを読ませて頂いたこともよかったです」という言葉にも触れることができました。

 

ぜひ、多くの教会の方、関心のある方に手にして頂ければと思う小論です。

 

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18歳と数日の犬生を終えたレマちゃんの所をお訪ねし、賛美し、聖書を読み、祈りました。

 

いわば、前夜式のようなものでしょうか。

 

翌朝10時半、ご希望にそって、ご自宅からほど近い所にあるご一家の広い墓所の一角にレマちゃんを記念する一角が備えられました。わたくしはスコップを手に、長靴を履いて普段着です。

 

埋葬し、お花を置き、み言葉が添えられたboardを立てました。そして、聖書を読み、祈り、「花彩る春を」「神ともにいまして」を歌って祝祷したのです。そうそう、脇にある木立からは、小鳥たちの賛美の声が響きも美しく響いておりました。

 

お天気もよく、それぞれに仕事の都合もつき、その時を共有できた4名は、不思議なほど爽やかな気持ちになれたのでした。

 

上の写真には、カメラマンだったわたしの姿はありませんが、安佐子さんの賛美するその表情から感じることができる何かがあることを確信します。

 

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関田寛雄先生はことばを選びに選び抜いて、「異種家族」ということばを創られたのだと思います。

 

愛玩=ペットの存在を越えた家族との別れ。

 

わたしたちはこれからも様々な形でこれをくり返し、或いは立ち会うことがあるかなぁと思います。

 

悲しみを受け止め、悲しみを抱きながらも、なお、共に主の道を歩んで行けるわたしたちでありたいと心から願っています。end

 



2016年11月12日(土) № 90 『 まだまだ元気でいてください 』

聖徒の日の礼拝直後、左から、清二さん、季具枝(きくえ)さん(93歳)、靖さん(88歳)、光子さん(91歳)。礼拝堂最後部の別空間のソファーにて。
聖徒の日の礼拝直後、左から、清二さん、季具枝(きくえ)さん(93歳)、靖さん(88歳)、光子さん(91歳)。礼拝堂最後部の別空間のソファーにて。

11月6日(日)は聖徒の日。召天者記念礼拝が守られました。

 

年に一度、天上の聖徒たちのたくさんの写真を正面に置き、聖餐卓を囲むイメージをたいせつにしながら礼拝をささげています。

 

この日も、そんな礼拝メッセージを語りました。Blog・教会日記担当、わたくし牧師のもりでございます。

 

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この日は、礼拝後のしばしの団らんののち、車で10分程の所にある教会墓地での墓前の祈り、そして、納骨式が行われました。

 

その後、牧師夫妻は、月に2度の礼拝応援に伺っている十文字平和教会の礼拝に向かいました。

 

いつもより30分遅い3時半からの礼拝です。あちらでは、「永眠者記念礼拝」と呼ばれていました。ヨハネによる福音書からラザロの復活を通しての希望を語らせて頂きました。

 

十文字平和教会でも墓前の祈りが行われました。諸集会を終え、新しいルートを探して、少し大回りして旭東教会に戻ったのは午後7時頃のこと。

 

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そのご、食事が終わってひと息ついた頃、声が掛かりました。

 

「見てみて、かわいらしい写真がとれとるやろー」

 

博多弁の美樹さんが撮影してくれたのが上にご紹介した一枚の写真です。

 

左から季具枝さん(93歳)、靖さん(88歳)、光子さん(92歳)。三人合わせると272歳の旭東教会の現役バリバリ・キャンディーズです。

 

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おひとりお一人。わたしが思い出してみても、山あり谷ありの一年だったなぁと思います。いえいえ、この一年どころか、戦争体験も含めてご苦労いかばかりか。

 

でも、イエスさまに出会って、支えられ、祝されて来たことは確実です。

 

秋から冬、いえいえクリスマスに向かうこの季節、お三方ともにかなりの元気度を維持して居られます。

 

それでも、礼拝堂後方のソファーに仲睦まじくお座りになって礼拝が、体力的にちょうどよろしいようです。そこが指定席として定着してきました。

 

お三方とも聴力はバッチリ。

 

礼拝説教も楽しみにしてくださっていて、時に身を乗り出して、そうとう集中して聴いてくださっている様子が、開かれた扉の隙間から講壇にいても見えます。

 

牧師のわたくしにとっても、大いに励まされる、というのが率直な思いです。

 

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かつて、わたくしが仕えていた教会に「雅子さん」というご婦人が居られました。葬儀でお別れするまで晩年をご一緒させて頂きました。

 

雅子さんが決まってお座りになるのは礼拝堂の入口に一番近い、古めかしい明るい茶色の、ひとり掛けのソファーでした。

 

「わたしゃぁ、おるだけの存在やけん」(博多弁です)と言うのが口ぐせ。

 

あるいは、玄関口の3段の階段の手すりを手にしたときに、「すんましぇーん、生きとりましたぁ」(半分ユーモアと半分本音)でご挨拶くださったものでした。

 

しかし、告別式の当日。

 

あのひとり座りのソファーに雅子さんのお宅からどなたかが運んで来てくださった一輪のサザンカが置かれていた時、その教会の掛け替えのない名脇役が消えて行かれたのだなぁとしみじみ感じたものでした。

 

忘れ難い、まさに、映画のワンシーンのようなひとこまでした。

 

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季具枝さん(93歳)、靖さん(88歳)、光子さん(92歳)を、これは可愛らしい場面と思って美樹さんがカメラを構えて撮影しようとしたところに姿を見せたのが、清二さんだったようです。

 

「僕も入れてー」と言われたそうです。

 

清二さん。ご自宅では、ご自身のお母さまが三人とほぼ同年齢でご一緒されていて、息子さんとして一所懸命に寄り添って居られることをお聴きしています。

 

お母さまのことも心の片隅に秘めながら、そして、何かしら三人の存在に勇気づけられたり、元気付けられる力が働いていたのではないか、と想像いたします。

 

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教会には、時として母が姿を現し、姉が声をかけてくれたり、ということが起こるものですね。

 

わたくしも本当の身内がほとんど居なくなってますので、そういう意味でも、神の家族の存在に大いに励まされたり、一緒に悩むことを抱える日々となっています。

 

というわけで、2016年の「聖徒の日」に一番心なごむ幸せな写真はどれだろう、と考えてみましたら、迷うことなくこちらの一枚となりました。

 

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教会にはあらゆる世代の方が集う可能性があります。本当に素晴らしいことです。

 

次週は、7月に生まれたばかりの双子ちゃんの祝福式も行われる予定です。靖さんのひ孫さんです。何と喜ばしいことでしょう。

 

恵みあふれる豊かな礼拝となることを祈っております。どうぞ、教会をお探しの方、お近くの方、少し遠いけれど行ってみようかなぁと思ってくださった方。

 

旭東教会にお出かけください。

 

何もかもがあるわけではありません。むしろ欠けがあります。

 

でも、足りない所に、神さまが御手を差し伸べてくださることをきっと感じられると思います。お目にかかれるのを楽しみにしています。end

 


2016年11月5日(土) № 89 『 神学生を迎える恵み 』

2016年10月30日(日)の早朝 神学校日礼拝の説教を担って下さった高塚純平神学生を記念撮影
2016年10月30日(日)の早朝 神学校日礼拝の説教を担って下さった高塚純平神学生を記念撮影

10月30日(日)は、日本キリスト教団の行事暦から少し遅れてではありますが、旭東教会の「神学校日礼拝」を守りました。

 

今年は嬉しいことに、献金を献げるとか、各地の神学校や神学部を覚えてお祈りするだけでなく、将来、教会の宣教の現場に仕える志をしっかりと持っておられる方をお迎え出来たのです。

 

高塚純平神学生!

 

同志社大学神学部4年生です。

 

そして、かーなり厳しい入学試験があるとお聞きしている、同大の大学院にて、2017年春からは更なる研鑽を重ねる覚悟をもって居られる方です。

 

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京都にお住まいの高塚神学生。

 

日頃は、岡山教会にて、土曜日・日曜日はじっくりと腰を据えて研修・奉仕を続けて居られます。

 

昨年度(2015年度)から岡山教会での奉仕が始まっている関係もあり、いわゆる、教会学校関連の集まりで、わたしやJCのリーダーたちもこれまで3度ご一緒していました。

 

そのお人柄もだいたいわかっておりますし、岡山教会の大塚忍牧師も快く送り出してくださいました。感謝です。

 

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前夜は岡山教会の牧師館の一室に宿泊されたということで、8時半前には、旭東教会に姿を見せてくれました。

 

上にご紹介した写真は、忘れないうちに、と声をかけて、礼拝案内版の前で朝一番にわたくし(牧師のもりでございます)が撮影したものです。

 

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せっかく神学生をお迎えするのだから、ということで幾つかの楽しみな準備をしていました。

 

一つは、予め、こちらからの質問に対する答えも含む、自己紹介文を記してもらうことでした。

 

以下は、一度下さった自己紹介文に加えて、更に、わたしからの質問に応えてくださったものです。

 

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◆趣味など
 けん玉(中学の時初段取得)、スポーツ(野球、小学校一年から高校三年までクラブと部活で活動)、ギター(初心者に毛が生えた程度)、麻雀(小学校五年生から家族麻雀で父から英才教育を受ける)

 

◆好きな聖句 ローマの信徒への手紙12章15節
 -「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(敬和での3年間で出会う)。

 

◆同志社で学ぶ喜び
 わたし自身これまでキリスト教について深く考え学び討論する場を与えられる事がありませんでした。高校はキリスト教主義ではありましたが、クリスチャンの数は多くなく、特に高校生という年代のためそこまで学問について討論すると言う場もありませんでした。
 しかしながら同志社では共に学ぶ仲間と共に討論し合いながら自らの学問的知見を広げることが出来ます。その事が素直に喜びに感じます。また、やはり自分に足りない部分、研究方法や解釈法など気軽に教授に聞くことが出来る学生と教授との関係の近さは同志社神学部の良さであると感じています。

 

◆あれこれ
 食べ物の好き嫌いは基本的にありませんが、いわゆる〈げてもの〉と呼ばれる部類のものはなかなか手が出ません。勇気を出して食わず嫌いをやめたいと現在奮闘中。岡山の果物は本当においしくいただいています。

 

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他にも、朝9時からのジュニアサークルの礼拝説教をお願いしたり、主日礼拝の報告後に、20分弱、インタビューにお応え頂く交流の時を持ちました。

 

高塚神学生をお迎えした日の夜、そして、翌日。

 

写真の整理をしていて気がついたのですが、本当に笑顔が素敵です。

 

握手を求めて家路につかれるご婦人が居られましたが、その気持ちがよくわかりました。

 

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わたしも過去にさかのぼりますと、夏期伝道実習や春期伝道実習生を、母校の日本聖書神学校から(多分8名)お迎えした経験があります。

 

どの神学生とも思いで深い場面が多くあります。ほぼ皆さん、各地の教会で日夜伝道に励んで居られます。

 

そして、実は、神学生をお迎えして鍛えられるのは、だいたい教会や牧師であったことを思い出しました。

 

今回は時間にして5時間弱の交流ですから、旭東教会のあれこれは伝わらなかったかも知れません。

 

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夏期伝道実習の場合、2度の日曜日を含めて、牧師館で一緒に食事をしたり、教会員のお宅を訪ねたりしながらずーっとご一緒していると、自ずと、こちらの方が裸になっていくものでした。

 

特に、牧師や牧師の家庭は、きれい事ですまないものをさらけ出してこそ、ということが色々あったように思います。

 

やがていつか、わたしたち旭東教会にも神学生をもう少し長い時間迎え出来るようになる日が来るかも知れません。

 

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高塚神学生、岡山教会での大切なご奉仕があるということで、午後はノンビリとする時間を持てなかったのがこころ残りですが、またの機会がきっとあることでしょう。

 

そういえば、旭東教会からの記念の品として、『角川類語新辞典』を教会員一同からという文字も記して贈りました。

 

この辞典の使い方をお伝えする時間がなかったことも、わたしとしては残念です。

 

JR西大寺駅までご一緒する中、説教が更によくなるであろうポイントを一つお伝えしたり、牧師だとお聞きしていたお父さまのことも聞いたりの交流を持ちました。

 

お父上は、わたしより一学年下とのこと。

 

そうか、高塚神学生からすると、オレは親父、君は息子なんだなぁ、と改めて自覚させられた貴重なひとときとなりました。

 

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教会の皆さんはどんな感想を持たれているか。まだ、誰にも聞いていません。

 

きっと爽やかな風を感じて、「先生、またいつか機会があったら、神学生さんを、お迎えしましょう」という気持ちになっているのではと想像します。

 

初めが良すぎたかも知れませんよ。

 

高塚神学生、この度は本当にありがとうございました!

 

これからの歩み、旭東教会応援団の祈りにもぜひ支えられて下さい。end

 

※下の写真、当日のものです。Clickで拡大します。コメント書いてあります。