2016年10月29日(土) № 88 『 朝一番のできごと 』

2016年10月23日(日)朝9時頃の礼拝堂にて ほかにはどなたもおられません おもてページを読み終わって、その後、内側を読み始めようとしている光子さん。しばらく、この笑顔でした。
2016年10月23日(日)朝9時頃の礼拝堂にて ほかにはどなたもおられません おもてページを読み終わって、その後、内側を読み始めようとしている光子さん。しばらく、この笑顔でした。

10月23日(日)は前週も少しご紹介しましたが、「まきば礼拝」・「まきばカフェ」・「ストーリーテリング」が行われる日曜日でした。

 

わたくし(牧師のもりでございます)、だいたい日曜日は7時頃には礼拝堂の温度を確認したり、何かの段取りを始めたりという具合で牧師館から降りてきて何かしらしています。

 

この日も、礼拝堂がひやーとしているのを感じましたので、温度計をみますと17℃程。このままだと、「教会、なんか寒いねぇー」という声が聞こえてきそうでした。

 

さっそく電源のブレーカーを落として一ヶ月だけでしたが節電していた会堂のエアコンのスイッチをオンにしたりしていました。一時間程で礼拝堂もふんわりあたたか。去年までは、冷房専用エアコンでしたのでこれは助かります。

 

**************

 

この日は9時からのジュニアサークルの礼拝はお休みでしたので、その後、いつもより少しゆっくり目に9時頃礼拝堂にやって来ました。

 

すると、礼拝堂の片隅にすわって、にっこり笑顔で居られる光子さんを発見。今年たしか92歳。次女の安佐子さんが、まきばカフェの準備で早めに教会にお出でになったので、ご一緒されているのです。

 

光子さん。この日だけ朝早くおいでになるわけではありません。毎週、9時からのJC礼拝に備えての祈りの時間から共に過ごされます。

 

**************

 

「光子さん、おはようございます。何か、いいことがありましたか?」とわたし。

 

週報から目を離すこともなく、「先生がここにおもしろいことを・・・」と言いながら、なおも、にこやかにお過ごしでした。

 

そのおもしろいこと、と言われた内容は、ホームページの「週報のコラム・《窓》」の欄にありますので、よろしければお読み下さい。

 

**************

 

嬉しいことです、本当に。何も『週報』のコラムを喜んで下さったから、というのではありません。教会にお出でになった方が、何かしらの喜びを抱かれること。なんと幸せなことでしょう。

 

午後、壮年会で『信徒の友 10月号』の特集、「礼拝出席 誰もが招かれている喜び――」を読んで語り合っていて、わたしも途中から参加しました。

 

後日気がつきましたが、喜びの中心は確かに礼拝にもあります。でも、それ以上に、日曜日の教会への行き帰りも含めて、さまざまな場面にちりばめられているというのが本当のところかも知れません。

 

**************

 

光子さんの笑顔だけでなく、朝一番の礼拝堂は何かほんとに違います。

 

京都教育大学名誉教授で俳句の先生である、坪内 稔典(つぼうち としのり、俳号〈ねんてん〉)さんがこういう意味のことを言われています。

 

「一度、始発のバスに乗ってご覧なさい。いつもは感じたことのないようなものに触れられる。違う世界がみえる」と。

 

〈ねんてん〉先生の言葉に通ずる何かが朝一番の教会には確かにあるといつも感じます。

 

**************

 

他にも、ほぼ同じ時刻、お台所に立って、まきばカフェの準備にいそしんで居られるお二方の姿もありました。

 

それぞれ、下の方に写真をと思います。

 

礼拝後に集い、その後、集会室に集うであろう皆さんの笑顔を思い浮かべながら、ぱらぱらっと手を動かしておられる姿をカメラにおさめることが出来ました。

 

大学イモの仕上げにお砂糖をぱらっ、紙コップにあれこれ工夫して下さって選んでくださったお菓子をパラッ。

 

全く違うことをなさっているのに、勝手な思い込みですが、何か祈りを振りかけているようにみえたのです。感謝でした。

 

朝一番のできごとの広がりや深まりは幸せです。

 

**************

 

Blog・教会日記をお読みの皆さん、もしまだ旭東教会にお出でになったことがなければ、どうぞ、ご一緒いたしましょう。一同、心よりお待ちしています。

 

日曜日の教会は駆け込んで来るよりも、早めはやめをオススメします。ちいさな出会い、目を閉じて座っているだけでも心のやすらぎが違います。end

※下の写真 Clickでお楽しみ下さい。

2016年10月22日(土) № 87 『 芽生え 』

10月23日(日)は〈まきば礼拝〉をささげる旭東教会です。

 

〈まきば礼拝〉の起原(だいぶオーバーですが)は、わたくし(牧師のもりでございます)が多くのことを学ばせて頂いたヨセフ先生が書かれた一枚の紙にさかのぼります。

 

今でも、牧師室に置かれているファイルを探せばその一枚の紙は引っ張り出せるのですが、「子どもたちは教会で〈放牧〉されてこそ育つ」という意味のことがそこには記されているはず。

 

1990年前後に、教会学校が衰退していくという危機感を全国の教会が感じ始めた頃に、教会教育の分野でも深い学びを続けておられたヨセフ先生が、実にさり気なく、お仕えになっていた教会内の方々向けに書かれたものだったはずです。

 

いやいや、力を込めていたのかも知れないです。

 

**************

 

キリスト教会というものは、同じ教派の100の教会があっても、一つとして同じ歴史や背景ももっているところはありません。

 

したがって、簡単にわれら旭東教会で〈放牧〉なんてことが実践出来るわけもありません。

 

ただ、ヨセフ先生が指摘された教会での〈放牧〉の大切さというのは、30年近くが経過した今もなお、変わらないと思います。

 

何より、大牧者であるイエスさまの元に集まるのは、子どもだけでなく大人たちでもあります。

 

**************

 

写真は、〈まきば礼拝〉のあとに持つ、「まきばカフェ」の時間に、子どもたちのみならず、そこに集うみんなの笑顔を思い浮かべながら、楽しげに作戦を練っているお二人です。

 

10月19日(水)のお昼頃の一枚。

 

その日は、朝から教会の台所付近で何やら始まっているなぁと気付いていましたが、左に居られる書子(ふみこ)さんと安佐子さんが中心になって、「まきばカフェ」には手作りpizzaをという思いを持って下さって準備しておられたのです。

 

「まだ、pizzaソースの出来具合が気に入らないんです」

 

書子さんはお話されていました。

 

どうやら、その後もご自宅で、pizzaを何枚も納得できるものが出来るまで、焼き続けておられた様子です。

 

他にも、手作りチーズケーキも運び込まれていましたし、礼拝応援におじゃましている十文字平和教会のMさんから頂いたサツマイモも、皆を喜ばせてくれる段取りがなされているようです。

 

**************

 

最近、「この国語辞典はかなりの実力の持ち主だな」と感じることがある、『日本国語大辞典 精選版』で「芽生え」を引いてみました。

 

その三番目に、こうあります。

 

【物事が起こり始めること。新しい物事が生じるきざしが見えること。また、そのものやそのような時。萌芽。きざし。】

 

わたくし、牧師として教会に仕え、み言葉に仕えていて何かしらの元気が出てくる時のひとつの時として、「芽生え」があることに遅ればせながら気がつきました。

 

**************

 

書子さんがどうしてpizzaを焼き、チーズケーキを焼いて、サツマイモのアレもなんてことになったのか、正面からは聴いておりません。

 

牧師から頼んだのでもないし、教会としてお願いをしたわけでもないのです。

 

もしかすると、過日、鳥取市で行われた「教区の集い」への参加メンバーに書子さんが含まれていたことが関係しているのかも知れません。

 

傍らに居られる安佐子さんも、あるミーティングの席で「まきばカフェへ」の熱い思いを語っておられました。

 

こどもたちへの福音の種蒔きは、ご主人の信治さんと二人しての大切なミッションなのです。

 

**************

 

大人も子どもも共に育つ教会。

 

そんなことが、理念としてではなく、ごく自然に起こって来たら素晴らしなぁと思います。

 

わたくし、第二コリント書の3章を開いてみました。そして、6節前後のみ言葉を思い起こしています。

 

マルコによる福音書4章26節以下もいいですね。

 

明日の〈まきば礼拝〉と〈まきばカフェ〉がある旭東教会の日曜日がとても楽しみです。end

 

※下の写真、Clickで大きくなって、更に、おいしそうに見えます(^^♪


2016年10月15日(土) № 86 『 モーニングデートもあった〈教区の集い〉 』

全プログラムが無事終了したところで、参加者一同記念撮影。有岡先生、ありがとうございました!真ん中のお二人は、初めてのこうした会への参加を喜んでおられました。
全プログラムが無事終了したところで、参加者一同記念撮影。有岡先生、ありがとうございました!真ん中のお二人は、初めてのこうした会への参加を喜んでおられました。

10月9日(日)の礼拝後~10日(月・休日)、昼食休憩を経て、東中国教区が主催する「教区の集い」に旭東教会からは5名が参加しました。

 

わたくし(牧師のもりでございます)が運転する車に一同乗り込み、目的地の鳥取レーク大樹へ。

 

お魚屋さんが経営者ということで、お値段以上では、と感じるお料理をいただける施設でした。

 

おおむね3時間のドライブを経て現地に到着。

 

カーナビゲーションが導くままに走りましたが、兵庫県の龍野を抜ける播磨自動車道経由で少しびっくり。でも、なかなか快適な道でした。

 

**************

 

幾つもの恵みがありましたが、ここでは一つに絞ってのおすそ分け。

 

二日目の朝一番、宿舎の玄関付近に7時に参りますとくじ引きによる二人ひと組のカップルができるようになっていました。

 

27番を引いたわたくし。もう一人の27番の方を待っておりました。現れたのは70歳位のとある教会の穏やかな男性Xさんでした。

 

**************

 

プログラムを考えて下さった方たちは、祈りの課題を共有しながら朝ご飯をご一緒して下さい、ということでしたが、直ぐにそうなるのはたいへんです。

 

それでも互いに挨拶を交わしながら、信仰の生い立ちのようなものを語らいました。ちなみに、わたくし、Xさんからは牧師には見えなかったようで、途中で気づかれたようです。

 

**************

 

奥さまが10数年前に余命が限られている、という状態の時に、一つのお願いをご主人さまのXさんにされたとのこと。

 

召されて行くのが確実な自分だけが別の所に行くのは寂しい。夫、息子、そしてお嫁さん、お孫さんみんなで洗礼を受けてほしい。

 

そういう願いを語られた、というのです。どうやら、奥さまだけがクリスチャンだった様子です。

 

**************

 

結果は皆さん洗礼を受けたのだそうです。

 

特に、息子さんのお嫁さんは、「わたしは実家の宗教が違いますからぜったい無理です」と言われたそうですが、Xさんの説得もあり、ある意味、渋々の受洗。

 

ところが!

 

今では、ご家族の中で一番熱心な信徒さんとして、生き生きと信仰生活を送っておられることを教えて下さいました。お孫さんも15歳になり、間もなく、教会の奏楽者としてのご奉仕が始まるとも言われていました。

 

いやぁ、こういうことが起こるのですねぇ。

 

**************

 

神さまが備えられている信仰の道は本当に様々です。Xさんとは他にも幾つかお話が盛り上がる出会いが与えられました。

 

緊張しながらのモーニングデートでしたが、まったく新しい出会いが与えられました。

 

そして、たいせつな何かを考える切掛を与えられたように思います。

 

人との出会いは人生の何よりの宝。そんなことを感じた二日間でした。

 

「あなた、わたしのさいごのお願いを聞いて。あなたも洗礼を受けて・・・」なんていうことが、そんなに遠くないどこかで起こることかも知れません。end

 

※追伸

帰りは、佐用町辺りから一般道を通り、道路脇に出店していた、枝豆の一種・丹波の黒豆の買い物もできました。滋味を感じる、素晴らしいお味に感動です。枝付きで1㎏600円と〈おまけ〉が付きました。こういうのも楽しいですよ。

2016年10月7日(金) № 85 『 偶然? 旭東教会のミリアム誕生! 』

2016年10月2日(日)、ジュニアサークルで行ったインタビュー礼拝のひとこま。笑顔の亮子さんです。左は聴き手の光代姉。
2016年10月2日(日)、ジュニアサークルで行ったインタビュー礼拝のひとこま。笑顔の亮子さんです。左は聴き手の光代姉。

こちらのページ「Blog・教会日記」でも時々紹介してきましたが、旭東教会朝9時からの〈ジュニアサークル(JC)〉では、「インタビュー礼拝」なるものを行っています。

 

教会員の方を、二ヵ月に1度位のペースでお迎えし、JCスタッフが交替でインタビュアーとなって、ここまでの信仰の歩みについて伺う時間を持っているのです。

 

もちろん、あちらこちらに、脱線したりというわけで、とても豊かな恵みに遭遇する礼拝です。この日も、13名の方が礼拝堂に早朝~集っていました。

 

**************

 

10月の最初の日曜日(10/2)にお迎えしたのは亮子(りょうこ)さんでした。

 

旭東教会メンバーの平均年齢を下げる方向でその力をジワリジワリと発揮して下さっているおひとりです。

 

もの心というものが付いた頃から旭東教会を走りまわって?いた(多分)〈おてんばさん〉だったのではと想像します。

 

今は亡き、教会学校のH校長先生の説教を鮮明に記憶しておられるおひとりですから。

そのおてんばぶりは、今はすっかり変わってなのか、実は今も変わらずなのかは、わたくし(牧師のもりでございます)はコメントを控えさせて頂きます・・・・・・。

 

いずれにせよ、京都で美術を専攻した芸術家肌の賜物や、教会員であったお父さまのお仕事の関連で中国にご一緒について行ってあちらでお暮らしになり、あれやこれや、果敢に挑戦される等、ほんとうに素晴らしい賜物(秘めたるパワーは想像がつかぬ程)をお持ちの方です。

 

**************

 

インタビュアーの光代さんから、一週間前に、「亮子ちゃん、こんなことを聞かせて頂こうかしら」というメモが今回は渡っていたとのこと。

 

お話の中で、「いつくしみふかき」(1954年版)が愛唱賛美歌で、歌詞が「いつくしみふかい」に変わった『讃美歌21』に一抹の寂しさを感じる世代の亮子さんであることを語られていたのです。

 

ところが、ひょんなことから、「でも、讃美歌21の中にある『主よ、おいでください』(43-3)に触れた時に、深い感動を覚えました」という話に転がり始めました。

 

特に、主日礼拝で、『主よ、おいでください』(43-3)を歌った時に、光代さんかわたくしか、或いは泰さんが、人目をはばかることなくたたき始めた太鼓の音に触れた時、この讃美歌の持つ可能性というものに気付いて、深く大きな感動を覚えていた、と語られたのでした。

 

**************

 

不思議だなと思うときには既に神が働いている、と言いますが、この時も確実に神さまが働かれました。

 

な、な、何と、インタビュー礼拝後、その日の10時15分からの主日礼拝で、『主よ、おいでください』(43-3)を歌うということが分かった時に亮子さんはこう言われたのです。

 

「じゃぁ、わたし、きょうは太鼓を叩きます」と。

 

こういう偶然は偶然とは言いません。

 

み霊=聖霊の働きです。

 

**************

 

太鼓と言いますのは、下の写真で亮子さんが大事そうに抱えているものです。

 

残念ながら、この日の礼拝で亮子さんが叩いている時の写真は撮影できていません。

 

オルガニストでもある光代さんと打合せをし、歌詞に合わせて強弱を考え、西アフリカの太鼓ジャンベの準備を進めてくれました。

 

そして、礼拝の賛美の時に、旭東教会育ちの亮子さんは、何とも自然に、太鼓を叩く女になったのでした。

 

**************

 

そう、その姿は、まるでモーセとアロンのお姉さん、女預言者とも呼ばれるミリアムのようでした(想像です、太鼓の音は聞こえましたが、姿は見えませんでした)。

 

出エジプト記15章20節以下にこうあります。

 

【 アロンの姉である女預言者ミリアムが小太鼓を手に取ると、

他の女たちも小太鼓を手に持ち、

踊りながら彼女の後に続いた。

ミリアムは彼らの音頭を取って歌った。】

 

映画にもなった、紅海の奇跡、あるいは、葦の海の奇跡と呼ばれる名場面です。

 

**************

 

インタビュー礼拝の魅力。

 

それは、たとえ、わたしが人前でお話なんて、という方でも(亮子さんではありません)、いつしか笑顔で語り始めたり、神さまによってひらかれたとしか思えないようなお話を始めて下さることです。

 

午後のほっとタイムの時間に、わたしと立ち話をした亮子さん。とーっても生き生きとしておられました。

 

そして、何だかこれまでは全く見えなかった一本の道が備えられているかのような気持ちに、今ブログを記しているわたくしはなっているのです。

 

そうかぁ、この日、この時を神さまは準備して下さっていたんだ。あれこれと人が画策したり緻密な準備をしたのではない。自然発生的に、事は起こった!と。

 

**************

 

かつて、わたくしは新潟県内の教会に仕えておりました。

 

今振り返って見ますと、そちらの教会では、タンバリンやカスタネット、トライアングル、マラカスなんかもおもちゃ箱のような箱の中に入れていて、こどもたちと過ごす礼拝の前半では、じゃかすかと言うとオーバーですが、大人もこどもも関係なく、皆で鳴らしながら賛美したものです。

 

ひとりの(かつて小学校で先生をなさっていた60代の)ご婦人は、毎週、楽しそうに、タンバリンを華麗に鳴らしていました。その光景、ハッキリと脳裏に焼き付いています。

 

**************

 

中越沖地震が起きた翌日の礼拝に、現在、日本基督教団の総会議長を務めておられる石橋秀雄牧師が埼玉県越谷市から見舞いを兼ねて礼拝に来られたのです。

 

その日、礼拝が終わってから確かこう言われました。

 

「ずいぶん、元気な礼拝だねぇ」と。

 

かなり大きな地震の翌朝だったにもかかわらず、おそらく、礼拝堂ではタンバリンの音が響き渡っていたからでしょう。戸惑ったのかも知れません。でも、それが当時のその教会の礼拝の日常だったのです。

 

**************

 

もしかすると、旭東教会の礼拝は、あたらしい扉をいつの間にか開いて何かを始めたのかも知れません(希望的観測)。

 

どうぞ皆さん、旭東教会にお集まり下さい。

 

この日は、亮子さんが大事に抱えていたジャンベから素敵な太鼓の音が響き始めましたが、誰ひとり、驚く様子もなく、賛美がなされ、礼拝は続きました。

 

素敵な賛美の輪を豊かに広げる道、ぜひ、ご一緒いたしましょう。end

 


亮子さんが叩いた太鼓がこれです ミリアム誕生25分前