2015年8月30日(日)NO.28 『  礼拝献花 最前線? 』

○ 写真はclickしてくださると、とてもきれいに見えます! ○


各地の教会で礼拝堂の献花はさまざまだなぁ、と思います。


交換講壇などでお訪ねすると興味深く魅せられることが多いのです。


最近、わたしたち旭東教会の礼拝堂のお花。


礼拝がおわって、しばらくすると、遠慮なく(お当番の方の了解をもらってですが)“ばらされる"ようになりました。


ひょっとすると、以下、お話しすることは、以前もあったかも知れませんが、あしからず。


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わたくし(牧師のもりでございます)の前任地・稚内教会では、礼拝堂の献花は、隣接する幼稚園・保育園の玄関付近にそのまま置かれることが多かったことを思い出します。


が、最近の旭東教会の礼拝堂のお花の活かし方は、なかなか、サッパリしていて、いいなぁと思いながら見守っているのです。


写真は、その七変化と言いますか、変身ぶりをお届けしているものです。


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亮子さんの手に掛かると、お花たちは合った違う姿となって、別空間で活かされているのです。


全国1700程の教会・伝道所がある日本キリスト教団ですから、そういう具合にしているところも多いのかも知れません。


が、わたしたち的には、とても新鮮で嬉しいです。


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講壇に活けられたままやがて花びらが一枚、二枚と落ち始めて、枯れていくのも場合によっては、雅びというのか、何かの美しさを感じることがありました。


けれども、こういうこざっぱりのありようは、一粒で二度美味しくて、なかなか良いものです。


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この日、教会的には静かな日曜日でした。


でも、久しぶりの求道者の方の姿があったりして、恵みをじわーっと感じる礼拝となりました。感謝です。





2015年8月24日(月)~25(火)NO.27 『  写真で見る ~西日本同信伝道会 お勉強報告?  in  松山~ あの先生のお元気な姿も!』

clickしてくださると小さな説明文がでてきまーす 懐かしい先生も登場(^^♪ 



2015年8月23(日)NO.26 『  旭東教会の立つ町 ~西大寺 夏のおわりの灯ろう流し~ 』

週の「Blog」は日曜日の教会の風景からちょっとだけ離れてのお届けです。


わたくし(牧師のもりでございます)、前任地の日本最北の町稚内から岡山市東区の西大寺にある旭東教会に3月末に引っ越して来ました。


暮らし始めて少しずつ思いを深めていることのひとつは、この町には何か、風情を感じるものが残っているなぁ、ということです。


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写真は、夏まつり西大寺実行委員会が主催している、「水まつり」の催しのひとつ、「灯ろう流し」のひとこまです。教会から30秒の「西川」で流します。


「西川」は鴨越え用水が正式名らしいですが、これに沿って歩くと、とても気持ちが穏やかになります。


教会の正長老91歳は、こどもの頃、この西川に沿って、お父さまに手を引かれて教会にやって来ていたとお話してくれたことがあります。


上流?の金陵山西大寺境内では、盆踊りが行われていたようです。


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西大寺で生まれ、西大寺で育っていった人生の大先輩が、岡山の中心地に向かってクルマで10数分の所にお住まいですが、この日の夜、ご夫婦でおいでになっている姿が見えました。


また、教会から徒歩2分という、すごーく近い所に暮らしておられるSさんも、夕涼みをしながら私たちと一緒に、しばらくこの風景を眺めていました。


Sさんはお連れ合いの転勤で各地での暮らしを経験された方ですが、元々は、西大寺で育った方。


「こどもの頃からこれはあったわけじゃないけど、いいもんやろー」とこれまた穏やかにお話ししてくれました。

本当にそうです。


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礼拝準備、特に、説教の仕上がりが停滞していたわたしでした。


土曜日の夜の8時頃のことです。


そんな旭東教会の牧師であるわたしにとって、この景色を眺めることは、時間の無駄ではなく、とても気分のよいリフレッシュになりました。


そしてお出でになっている人たちの空気や、すれ違う人々の交わす言葉を聴いていると、この平和を大切にしたいなぁと思ったものでした。


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岡山市の中心地からバス(車)で20数分、JR赤穂線でも岡山駅からのんびり20分以内の西大寺。(余談ながら、大阪へは新幹線を利用しなくても、青春18切符を使って出掛ける方が居られる距離です)


岡山市内にお住まいの方からすると、西大寺は郊外というか田舎の空気がある所になるかも知れません。


人は中心へと向かう傾向があるものですが、日曜日は田舎の空気もある西大寺に向かうのもよいものではと思います。


帰りのお買いものも困りません!


岡山に引っ越してきてから、わたしは、中心地の百貨店にまだ足を踏み込んだことがありません。なにも困らなかったからです。


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岡山のガリラヤはこの辺り!かな(笑)


イエスさまも人々の中に居られたのかも知れない、と思うと嬉しくなります。



旭東教会の立つ西大寺にようこそ。


みなさんとご一緒できる日を楽しみにお待ちしています。end





2015年8月16(日)NO.25 『  パート2 夏休みですね おかえりなさい  』

よくよく考えて見ますと、8月2日号の『平和聖日の午後 納骨堂にて』も、すでに『夏休みですね おかえりなさい』というタイトルでよかったかなぁと思っております。

 

あしからず。

 

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さてさて、ここに写っている3人の子どもたち。

 

5月のゴールデンウィークの礼拝に出席してくれたYさんご一家の三姉弟です。

 

お母さまのI姉が旭東教会出身で、元牧師である脇本寿先生(1959.8-1991.3在任・隠退、現在もお元気に隔週で礼拝にご出席、今年94歳!)のお孫さんたちです。

 

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いえいえ、それだから姿を見せてくれたのではなく、I姉のご両親も教会員として日々元気にお過ごし、ということもあり季節ごとに岡山に里帰りされています。

 

日曜日が重なれば旭東教会の礼拝に出席。

 

その後、現在のホームグラウンドである神戸にお帰りになるのですが、I姉のお連れ合いのふかーいご理解とご協力もあるのだと思います。

 

何より、帰るところがあるって、幸せだなぁと思ったりするのであります。

 

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写真は、『日々の聖句・LOUSUNGEN』の2015年8月16日のみ言葉を紹介し、わたくし(牧師のもりでございます)が子どもメッセージを始める直前のところです。

 

いつか子ども達が神さまを信じる人に……というご家族の祈りは、こうした礼拝経験を通じて起こることを信じています。

 

この日は灰谷健次郎さんのご本『わたしの出会った子どもたち』を切っ掛けにお話を始めました。

 

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礼拝の報告の時間に、I姉にマイクをお渡しして「ひと言」をお願いした時、元気を頂いたことがあります。

 

それは、「旭東教会のホームページを通して、いつも様子を見ることが出来ているから久しぶりの感じがしません・・・・・」、という言葉でした。

 

このようなI姉の思いに重なるお話。最近、形を変えて他の方からも伝わってくるようになりました。

他にも、教会員のご家族教会のホームページを見て下さって、「よさそうな教会だねぇ」「お母さんの顔が見えたよ」と仰って下さったりということ等など。

 

自慢話になって恐縮ですが、本当に嬉しいことなのです。

 

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こういうことも、大切な伝道なのだなぁ、と思います。

 

目に見えないけれど、遠くに居られる神の家族の輪が築かれていくことは幸いです。

 

教会に集える人の輪は小さくても、さまざまな恵みの分かち合いがホームページを通じて出来ること。

 

神さまもきっと喜んで下さることと思います。

 

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わたし自身は持っていませんし使えませんが、iPadやタブレット型PC等、いわゆるどこでもパソコン系のものがあれば、わたしたちの教会の近況が、様々に分かち合えます。

 

正兄(91歳!)がわたしと同行して下さって、病室のベッドで長期療養中の方をお訪ねくださるときは圧巻です。

 

チャンスが巡って来ると、正兄はバッグからiPadを取り出し、教会のホームページを紹介して下さるのです。

 

トップページの今週の3枚!あたりをサッ、サッと開いて見せて下さるだけで、世界が変わることがあることは嬉しいことです。

 

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夏休みだから来たよー!の方たちが、今年ももう少しあるでしょうか。

 

夏が無理でもお正月に!

 

そして、何かの折の里帰りやご旅行の折りに、ぜひぜひ、旭東教会に遊びにお出で下さい。

 

日曜日でなくても、平日でも大歓迎です!楽しいお交わりの時をご一緒いたしましょう。

 

おーっと、教会が初めての皆様も心からお待ちしています。

 

写真のチビッコたちー! また、大きくなって戻っておいでねぇー、みんなで待ってまーす(^^♪end

 

 



2015年8月9(日)NO.24 『  夏休みですね おかえりなさい 』

M姉=真美恵さんと言われます。命名のときに、キリストの香りが添えられていることが嬉しいですね。正にクリスチャンというお名前です。同志社で学ばれたお父さまも、キリスト教に深く共感しておられたことが伺われます(^^♪
M姉=真美恵さんと言われます。命名のときに、キリストの香りが添えられていることが嬉しいですね。正にクリスチャンというお名前です。同志社で学ばれたお父さまも、キリスト教に深く共感しておられたことが伺われます(^^♪

8月も第二週目になりますと、各ご家庭には、各地で頑張っているお子さんたち、お孫さんが帰省ということになるようです。

 

先週も、旭東教会に勢揃いで久しぶりにお出で下さったご一家(Blogにあります)は、お子さんたちの夏休みに合わせての来会でした。

 

納骨堂にも立ち寄られて、とても充実した時をお過ごしのようでした。

 

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さてさて、今週の写真は東京の町田市からお出でになったM姉です。

 

東京の伝統ある品川の方にある「K神学校の夜間部に通って確か7年目になります」と言われたように思います。

 

M姉は旭東教会で幼い頃を過ごされた、というのではありませんが、昨年のクリスマスに受洗されたお父さま、そして、お若い頃から堅い信仰をお持ちのお母さまとご一緒に、里帰りしたこの日は、旭東教会の礼拝にご出席下さったのです。

 

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かつてのお父さまのW兄は、(時々あるパターンですが)教会の前まで送ってきてはくれるけれど、そこでストップ。

 

どこかで暫く過ごして、また、お昼頃、教会に迎えに来てくれるということが多かったようです。

 

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しかーし!W兄、めでたく昨年のクリスマスに受洗されました。

 

教会の『緑の牧場という文集に記された証しの全文が、このホームページの中にも収められています。

 

その一部を抜粋してご紹介しましょう。

 

 

【幸い私の周囲は妻子、孫五人にいたるまでキリスト者として御言葉を信じ、堅実に信仰生活を守っています。
 
“この世的”に言いますと私に残された時間は少なくなりましたが、私は求道生活四年間、神様のお招きを頂き主日礼拝を守り、牧師を通して御言葉を学ぶことをゆるされてきました。

 

「わたしは門である。だれでもわたしを通って入るものは救われる。その人は門を出入りし牧草を見つける」(ヨハネによる福音書10章9節)

 

私は今、小学生の昔に返った気持ちでこの門をくぐらせて頂きました。

 

残された日々を主にすべて委ねて歩んでいきたいと思っております。】

 

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洗礼式以来の里帰のM姉。ピンマイクが渡されてひと言どうぞ、というその時にこう仰いました。

 

「両親とわたし、三人で食卓に着いたとき、父が食前の祈りをしてくれました」


と。

 

いやぁー、本当に嬉しいお話です。わたくしじーんときました。はい。

 

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お父さま、80代の後半にというその世代の中ではガッチリした体格で大柄な方ですが、この日、M姉のお隣に座っておられる姿は、小さく見えました。

 

と同時に、この写真の最後列の真ん中に座って居られるお母さまが(お顔は半分前列の方に隠れています)、お嬢さんが皆さんに挨拶されている様子をとても穏やかな表情で見守っているところが写っているのに気付きました。

写真は思いがけない場面をとらえてくれます。

 

他にも、今週の3枚!というトップページのところに、W兄の姿が写っている写真もありますので、ぜひ、探してみて下さい(8月17日(月)頃迄の予定)。

 

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ご挨拶に耳を傾けて居る教会のいつものメンバーの表情もとてもスバラシイです。

 

他にも、夏休みで帰省された若者と初めてゆっくりと立ち話ができたり、ようやく日曜日の休みが取れました、という方も居られて、牧師のわたくしも、とても嬉しくなりました。

 

今週末頃には、先頃、転入回された八重子さんのお子さんご一家が平日ですけれども教会に立ち寄って下さる予定があったり、「16日は、孫たちと娘夫妻5人が来ますのでよろしくお願いします」という声掛けもありました。

 

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こういうことも予想されましたので、夏休みを9月にして頂いて良かったなぁと思った次第です。

 

まだまだ夏らしい「おかえりなさい」が在りそうな8月です。

 

思いがけない形での「おかえりなさい」「はじめまして」もたのしみにいたしております。end

 

 



2015年8月3(日)NO.23 『  平和聖日の午後 納骨堂にて  』

2015年8月2日(日) 旭東教会から車で15分と徒歩数分。平和聖日の礼拝後、いちばん暑い午後2時半頃、教会の納骨堂へご案内したご一家です。ある意味不思議なくらいあかるい空間で感謝!
2015年8月2日(日) 旭東教会から車で15分と徒歩数分。平和聖日の礼拝後、いちばん暑い午後2時半頃、教会の納骨堂へご案内したご一家です。ある意味不思議なくらいあかるい空間で感謝!

昨日の日曜日。

 

旭東教会のある岡山市東区西大寺付近もかなりの暑さに見舞われた一日でした。

 

夕方、訪問聖餐に出向いた岡山市中心部に近い病院から外に出てきて車に乗り込んだ時の、車載の外気温計(稚内で実証済みですがかなり正確!)は36℃だったと思います。

 

8月の平均気温が20度と少し位の日本最北の町わっかないからやって来たわたくし(ぼくしのもりでございます)を気遣ってくださり、「もり先生、岡山でもこの暑さは普通じゃありませんから」との声掛けが朝には光代さんからありました。

 

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この日はあれこれ盛りだくさんの日曜日でした。

 

特に、戦中か戦後間のない頃か、旭東教会の礼拝堂の窓が何者かによって投石されて粉々に割られていたという、その当時から1960年(昭和35年)頃迄、ご夫妻で教会を支えて下さった、故・S盛三兄と榮姉ご夫妻のご長女緑さんご夫妻とその娘さん、そしてお子さん3人、さらに、三女の順子さん。

 

計7名が礼拝に出席して下さいました。

 

この日は平和聖日。平和のためにキリスト者としての覚悟を持ち直したい、と祈り告白する礼拝を守った日でしたので、教会への投石(敵国宗教である耶蘇教ということでしょう)の話はとてもタイムリーなお話でした。

 

故・S盛三兄と榮姉は1949年(昭和24年)には、専住牧師が居なかった旭東教会に転居して、教会を守って下さったご一家でした。

 

群馬県の安中市、そして、宮城県の陸前、さらには、茨城県のつくばみらい市よりご参集下さったご一家と礼拝をご一緒出来たことは本当に幸いでした。

 

くしくも、今後の旭東教会の墓地管理をよりいっそう力を入れて行きましょう、という第1回目のミーティングを開く日でしたので、これもお導きでした。

 

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というわけで、きょうの写真は、そのご一家をご案内してお連れした、旭東教会の墓地内にある納骨堂での記念撮影です。

 

数日前に草刈りに出掛けた時には、蚊の大軍に襲いかかられましたが、草がなくなった為か、一匹も遭遇することなく、その難は逃れました。

 

ご一家にとっても愛着の深い1954年版の賛美歌312番「いつくしみふかき」を賛美し、ヨハネによる福音書14章のみ言葉を読み、祈りを合わせて納骨堂へお進み頂きました。

 

少し涼しい感じすらして、ほっとするひとときでした。

 

その後は、ご一家は、旭東教会の備前焼陶芸家のA姉の所にお出かけになったり(この日の聖餐式からA姉作の聖杯とパン皿が使われています)、幼小青年時代を西大寺でお過ごしになった順子さんは西大寺のお友だちの所に向かわれて、2015年夏の小旅行を楽しまれている様子でした。

 

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夕刻、自転車で転倒されて、ここ一ヶ月ほどご自宅でお過ごしのAさに寄せ書きを届け、その後、とある病院で訪問聖餐を致しましたが、その時に、上記の賛美歌312番の歌詞を、K子さんと、お訪ねしたお二人と4人で読み祈りました。

 

とても苦しい日々、とりわけ、この日はそうだったご様子のK子さんの所にこの賛美歌を運んで行けたのは、ただ偶然ではなく、榮さん盛三さんをお送り下さった神さまの憐れみのように感じてなりません。

 

訪問した3人には、慰めや励ましの言葉はとても語れないと思ったからです。K子さんも、この賛美歌が愛唱で、自分が召される時が来たら歌って・・・と仰いました。

 

起き上がることが出来ないK子さん、ちいさな小さなストローから聖餐の杯のぶどう液を口にされたのです。

 

いつくしみ深き 友なるイエスは
われらの弱きを 知りて憐れむ
悩み 悲しみに 沈めるときも
祈りにこたえて 慰なぐさめたまわん

 

いつくしみ深き 友なるイエスは
かわらぬ愛もて 導きたもう
世の友われらを 棄すて去るときも
祈りにこたえて 労いたわりたまわん

 

いつくしみ深き 友なるイエスは
かわらぬ愛もて 導きたもう
世の友われらを 棄すて去るときも
祈りにこたえて 労いたわりたまわん

(訳詞/日本基督教団讃美歌編集委員会)

 

あらためて名曲と思います。ほんとに味わい深い賛美歌の歌詞です。

 

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旭東教会の2015年の平和聖日。

 

こんな風にしてしずかに幕を降ろしたのです。

 

ふと空を見上げてみると、満月から一日経って、ほんの少しだけ欠け始めた月が、ほほ笑んで見守ってくれておりました。感謝 end