2015年10月25日(日)NO.35『  江戸っ子? 〈文(あや)さん〉を迎えて  JCインタビュー礼拝 』

写真は2016年1月、お餅つきをした時に、文さんがJCの直ちゃんにお餅を丸めるコツを教えて下さっているところです(^^♪
写真は2016年1月、お餅つきをした時に、文さんがJCの直ちゃんにお餅を丸めるコツを教えて下さっているところです(^^♪

きのう=10月25日の旭東教会の日曜朝のひとこまです。

 

JC(ジュニアサークル)で今年から始めました「インタビュー礼拝」を行いました。

 

インタビューを引き受けて下さったのは、文(あや)さんです。

 

とっても素敵な時間でしたので、今日は、少しばかり皆さんに、その様子をお伝えいたします。

 

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戦中の何年位なのでしょう、満州でお過ごしになって19歳の時に倉敷に引き揚げて来られたという文さん。

 

1949年のクリスマスに洗礼を受けておられます。信仰の歩みはもう間もなく66年目ということになります。

 

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文さんの話し方は、「わたくし」という言葉がとてもピッタリでありながら、落語の中に出てくる、気っぷのいいお姉さん的な感じで、あら、文さんって江戸っ子?と錯覚しそうな感じでした。

 

そのお人柄の一端が現れていたのが、インタビューアーの健さんの「お好きな食べ物は?」という最初の方の質問にお答えになった時の言葉です。

 

「わたくし好き嫌いなく何でも頂くんですが、あの、どろどろしたようなものが嫌いなんです。ヨーグルトや山芋ようなものが苦手です。それに較べて、食感がいい筍(たけのこ)のようなものが好きなんです」と文さん。

 

そのお話ぶりもハッキリ、しっかりという感じです。

 

どうですか!お人柄が何だか伝わって来るようです。

 

シャキッと、パキッとしているのです。そのお人柄ゆえに、どろどろ、ぐちゃぐちゃな食べ物は苦手とお見受けしました。

 

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教会との出会いは?という意味の質問が次にありました。

 

健さんによる、とても丁寧な準備が事前にありましたので、唐突な質問というわけではありません。

 

文さん。これを受けてお母さまのことに触れながらお話を始めました。

 

前述のように、19歳の時、満州から倉敷にご家族で引き揚げて来られた文さん。程なく大好きなお母さまがお亡くなりになったそうです。

 

その当時の心模様をこうお話になりました。

 

「わたくし、寂しくてさみしくて」「母とべったりでしたので、悲しくてどうにもなりませんでした」と仰いました。

 

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そんな文さんを見るに見かねたのが、お母さまと親しいお交わりがあった倉敷教会の当時の牧師・東方信吉先生のお母さまだったそうです。

 

ちなみに、東方牧師は、わたしたち旭東教会の兼務牧師を1950年~1951年の間務めて下さっています。

 

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東方牧師のお母さま、こう仰ったそうです。

 

「教会にいらっしゃい、そしたら慰められるわよ」と。

 

このひと言が全てだった。純真であり、本当に助けを求めておられたことが伝わってきます。

 

その頃の文さん。教会に行くとこんな気持ちになれたそうです。

 

「わたくし、お友だちもありませんでした。でも、教会に行っていると、なんとなしに、自分の居場所がある、落ち着く。癒される気がして、それで何も深く考えないで、毎週日曜日に教会に行くようになっていたんです。」

 

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インタビューアーのTさんからの「洗礼を受ける切っ掛けは?」という核心に触れる?問い掛けにたいして、文さん、あっさりとこうお話しになりました。

 

「わたくし単純なので、東方ヒナさんがこう言われたのを信じました。洗礼を受けると天国に行ってお母さんに会えるのよ。そうじゃなければあなたはお母さんに会うことは出来ないのよ、という言葉を聴いたんです。」

 

洗礼を受ければ母に会えるのならば、「それじゃ受けます」という感じだったんです。

 

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羽仁もと子先生にも大きな影響を受けた文さん。その思想に導かれ、「友の会」の活動を一生懸命になさったそうです。

 

その中に、脇本豊子先生も(旭東教会の4代前の脇本寿牧師のお連れ合いです)そこに居られて、旭東教会に来るようになりました。

 

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文さん、「好きなみ言葉は」の問い掛けに、幾つもありますがと答えながらまず挙げられたのは、パウロ書簡の次のみ言葉でした。

 

【テサロニケの信徒への手紙 一 5:16~18】
5:16 いつも喜んでいなさい。17 絶えず祈りなさい。18 どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。

 

「このように、いつも思っています。やはり、どんなことでも喜びに変えていかなければならない、と考えて心掛けています。」とのこと。

 

その他にはこれも挙げられました。


【ヨハネによる福音書 15:12】
15:12 わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。

 

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そして、旭東教会のジュニアサークル・サンデーの重要メンバー小学1年生の直ちゃんの名前を挙げてこう言われました。この日の直ちゃん、お母さまのご都合でお休みでした。

 

「直ちゃんがいらしたら、お話しようと思ったんですけれど、直ちゃん、お母さんといつも手を繋いで歩いているのかなぁと思うんですが、わたくし、母と手を繋いで歩いていたのが、手を繋いで歩くことが出来なくなりましてねぇ、それで悲しかったでしょう。

 

それでその時に、神さまがしっかりと手を繋いで下さっていることがわかったんですねぇ。だから、教会に来なかったら、だんだんとその神さまの手がゆるんで来るのではないかと思ったりして、離れてしまったら大変だなと思って、出来るだけ手を繋いでしっかりと手を握って欲しい」

 

そう言われました。有難いお言葉でした。直ちゃんのお母さまにもお知らせしなければなりません。

 

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また、さらに、「いつもわたくしが大切にしている言葉がこれです」と挙げられたのは次のみ言葉です。

 

【イザヤ書41章10節】
41:10 恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け/わたしの救いの右の手であなたを支える。

 

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インタビューアーの最後の質問は、お好きな賛美歌は?という問い掛けでした。

 

文さんは答えます。

「たくさん好きな賛美歌はありますが、21-461の〈みめぐみゆたけき〉」ですと。

※21-206〈七日の旅路〉も愛唱のようです。

 

誰からともなくだったか、誰かの声がかかったか。光代さんがオルガンを弾いてくださり、集っていた一同で賛美をしました。昔子どもだったみんなで高らかに賛美です。

 

21-461〈みめぐみゆたけき〉

1節
みめぐみ ゆたけき 主の手にひかれて、
この世の旅路を あゆむぞうれしき
(くりかえし)
たえなるみめぐみ 日に日にうけつつ、
みあとを行くこそ こよなきさちなれ。

 

2節
さびしき野べにも、にぎわう里にも、
主ともにいまして われをぞ みちびく。

 

3節
けわしき山路も、おぐらき 谷間も、
主の手にすがりて やすけく 過ぎまし。

 

4節
なすべきわざ終え、みあとに行くとき、
み助け頼みて、ヨルダンを渡らん。

 

証しの内容に本当にピッタリの賛美歌でした。

 

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子どもたちの姿はこの日ありませんでしたけれど、何とも豊かな朝となり感謝でした。

 

神さま、文さん、本当にありがとうございました!end

 

追伸:文さんのお連れ合い、宗誉さんもこの日はご一緒して下さいました。

 



2015年10月22日(木)NO.34 『 2015年 秋 旭東教会・伝道最前線! 』

とあるところをお訪ねし、旭東教会のホームページをK子さんに見て頂こうとしているのは正さん、91歳です。伝道のためのバッグからサッと取り出してくれました。
とあるところをお訪ねし、旭東教会のホームページをK子さんに見て頂こうとしているのは正さん、91歳です。伝道のためのバッグからサッと取り出してくれました。

日本キリスト教団の〈行事暦〉に「信徒伝道週間」というものがあります。いつから、どのような経過を経てこの一週が定められたか、よく分かりません。


あまり日の目を見ない日に「労働聖日」なんて日もございますが。いつかわかりますか?勤労感謝の日の近くかなぁと思いましたら違います。今年は4月26日で「働く人の日」とも書かれています。


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わたくし(牧師のもりでございます)が信徒としてお世話になっていた教会では、この信徒伝道週刊には、毎日の正午礼拝で信徒が代わりばんこで立証する、というのが伝統でした。


今考えれば、よく頑張っていたのだなぁと思います。たぶん、今でも続いているのではと思います。


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さてさて、今週のブログの写真は、10月18日(日)の夕べ、とあるところに正さんとわたくしがお見舞いに訪れた時の一枚です。K子さんの姿が見えます。


この日は、このあと、市内にありますキリスト教主義の病院と施設でお過ごしの方たちをお訪ねしました。


旭東教会にわたしは4月に着任いたしましたが正さんと二人、しばしば出掛けては元気をもらって帰ってくる、という小さな旅を続けております。


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正さんは今年91歳。


ご子息とわたしが同じ歳なのですが、とにかく伝道のために常に前向きです。というか、人生に前向きというのか、全てのことに好奇心旺盛でありまして、教えられる事しばしばです。


また、礼拝説教で新しい聖書の読み方を感じ取られたときなどは、「今日の説教は目から鱗でした」などと言って励ましてくださいます。


これも有難いことです。


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写真をご覧頂きますと見えると思いますが、正さん、手に持っておられるのは〈タブレット〉。呼び方が違ったらごめんなさい。


目的は、旭東教会のこのホームページ名物?「今週の3枚!」を紹介するためのものです。


外に出ることが出来ないK子さんのために、教会の空気や今を感じてもらおうと、いうわけです。


このタブレットを活用する伝道は最近始まったことではありません。


旭東教会のことを知って頂こう、という機会があるとき、もちろん、『み言葉"余滴"』の印刷版等も手にしてくださっているようですが、このような最新のマシンを活用し、自分に出来るベストを尽くして下さっているわけです。


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正さん、夏の炎天下の平和のための行進にお出かけのこともあります。岡山市内のキリスト者平和の会にもお出かけになります。


『週報』をもって訪問、ということもなさいますし、さまざまな教会の歴史や出来事の整理整頓のためにパソコンと格闘して、データバンク的なものをご自分で構築してくださり、利用できるようにもしてくださるのです。


いやぁ、本当に感謝です。


数年前に役員を退かれましたが、縁の下の力持ちとして教会づくりの働きのために、大げさでなく、日夜コツコツとご奉仕を続けて来てくださった80年であり、なおこれからなのです。


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もうおひとかたも少しご紹介。


K子さんは、笑顔がとても素敵な女性です。


まことに不思議なことに、我々はこうしてお訪ねして、疲れ果てて家路につくことはまずありません。


いつもK子さんから元気を頂いているのです。伝道の力とも言えますし、生きることについてさまざまな問い掛けを受けて考えさせられます。


これもまた有難い。


K子さんの存在の重みを思わずには居られません。


新しい方を教会にお迎えするためのあれこれの働きも伝道ですが、このような訪問を通して相互伝道もあるのだなぁと思うと、伝道の多様さについても考えさせられわけです。


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わたしたち、神さまから託されている伝道の使命を、コツコツと、喜びをもって果たして行きたいなぁ、と願う、2015年の信徒伝道週間であります。


さて、これからどんな神さまの出来事が展開して行くのかな、ほんとうに楽しみです。


ホームページをご覧のお近くの方は、ぜひ、仲間入りしてくださいませ。旅の途中のお立ち寄りも嬉しいです。心よりお待ち申し上げております。end




2015年10月13日(火)NO.33 『 10秒あれば大丈夫!って何のこと 』

2015年10月11日(日)のジュニアサークルの礼拝の一コマ。望遠で遠目から撮影です。N君と安佐子さん。
2015年10月11日(日)のジュニアサークルの礼拝の一コマ。望遠で遠目から撮影です。N君と安佐子さん。

写真は10月11日(日)の朝9時過ぎ、ジュニアサークルの礼拝の一コマです。


奥の方に電子オルガン、テーブルの上には『新約聖書』と『こどもさんびか』という構図です。


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正座している少年N君の膝小僧が破れていますがファッションです。


ご安心を。


よーくみると、左の方に人の気配があります。N君のお母さんが座ってました。


ブルーのセーターとマスクの女性は安佐子さん。この日は奏楽を担当される都合もありますので最前列。そして、幼稚園の先生をなさっている関係で、N君の成長ぶりはよーくご存知です。


この日の聖書は、マタイによる福音書25章14節以下の「タラントン」の譬え話が光代さんによってなされました。


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さて、聖書のときあかしがなされたあと、話し手の光代さんが、出席者全員の〈いいとこ探し〉をしようと提案。


直ちゃんのすごいところはどこか、素晴らしいところは、という順番になったとき、心底驚き、そうなんだなぁと感心したことがありました。


お母さんの久美子さんが、お子さんのNくんのよいところをこう紹介されました。


「10秒で 誰とでも お友だちになれるんです」と言われたんです。


大きな拍手をお願いします。


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幼稚園の先生が教えられたか、おうちの方か、それともおばあちゃんか。


とにかくN君、元気ににこにこ挨拶を誰に対してもできる。


相手の懐に飛び込んでいくのですね。


ぜひ、丸一日N君と一緒にどこかに出掛ける日をつくって、N君の姿からわたしも(牧師のもりでございます)学び、倣いたいなぁ。


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挨拶ができなかったり、偶然でも忘れたり、あいさつしても返事が返ってこなかったりということが起こりがちなのが世の中かも知れません。


おそらく、イエスさまもたくさんの挨拶をされたはずです。


□「シャローム」(こんにちは)


■「シャバット シャローム」(安息日の挨拶)


□「ナイーム メオッド」(はじめまして)


■「マー ニシュマア?」(調子はどう?)


□「トダー ラバー」(どうもありがとう)


■「レヒトラオート」(またね)


なんてことばを、いつも笑顔で交わされていたことでしょう。


そして、弟子たちも、きっとそんな挨拶を思い起こして伝道していたのかなぁ、と思います。


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N君、ありがとう!
                                      
君は旭東教会のたいせつな先生だ!


教会で、日曜日にいっしょにすごせるお友だちを、一人、ふたりってふやそうね(*^^)/


追伸:

N君がわたくし=牧師の森のいいところもお話ししてくれました。かなりズバッと。しかも的確に。

恐れ入りました。

やはりお話しする人、と思って見守ってくれているようです。元気付けられました。end


*以下の写真、いずれも望遠レンズで撮影したものです。




2015年10月6日(火)NO.32『 看板リフレッシュ! 西大寺の歴史的建物としての旭東教会 』

こんにちは!

 

今週の写真は、旭東教会の玄関前での工事風景です。

 

作業をして居られるのは、広告屋さんの営業部長さんと実際に看板の作業をして美しく仕上げて下さった職人さんです。

 

わたくし(牧師のもりでございます)旭東教会の礼拝堂の美しさに時々ほれぼれしているのですが、1923年3月11日(大正12年)に献堂された教会堂が、なんと現在も現役で維持されています。

 

あと8年程で100年・1世紀です。礼拝堂の内部は決して古めかしくありません。というよりも美しいのです。

 

前任の指方信平牧師・愛子牧師のすばらしいリーダーシップと努力が大きかったのは間違いありません。そして、それ以前の諸先生方と多くの歴代の信者さんたちの深い祈りもあります。有難いものだと思います。

 

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さまざまな歴史ある構築物が散見する町、それが旭東教会の立つ西大寺です。

 

このホームページにも「西大寺発見!」というお部屋がありまして、写真も時々upしているのはご存知の通りです。西大寺の中でキリスト教の灯が本当にその昔から灯されていたことが旭東教会の会堂にお出で頂けば分かります。

 

そのことを、通りがかりの方たちにも知って頂こうというのがこの写真の歴史的掲示板です。

 

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これは全くの新作というものではないのです。

 

従来のものがあったからこそこの度の作業が可能になりました。それを土台に、写真の位置を少し替えてみたり、最近の礼拝堂の写真を準備してみたものです。

 

これまでは、パネルが斜めに寝かされている形だったものを、広告屋さんのM部長にからのご助言を受け、もう少し多くの方の目に止まるよう、あれこれ工夫をして新登場となったものです。

 

表面が輝いて見えるのはワケがあります。

 

これまで、コインか何かで傷を受けるという悲しい事態が起こっていたため、何とか同じ事態は防げないかとこれまた考えて頂き、一枚の予防プレートを置いているからです。

 

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教会に足を踏み入れ、礼拝堂に入ろうかという所に、1923年・大正12年の3月12日、つまり、献堂の翌日に、当時の関係者が一同に集い、記念写真をとった時のものが掲げられています。

 

着物を着た人が多く、女性たちの髪形も何だか映画の世界のような感じです。

 

その人々の背後に写る礼拝堂の美しい柱や奥の部屋に入るための扉などを見ますと、嘘偽りなく、現在もそのままに残されていることが直ぐに分かります。

 

丁寧に色を塗り直すなどの手当を繰り返してきているものですが、天窓に近い位置にある、十字架か聖霊を現した赤色の窓なども、大正12年のその頃からのものです。

 

戦中や戦後間もないある時期には、会堂の窓ガラスが石を投げ入れられて割られる、という悲しい事態も起こっていたようです。

 

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でも、歴史ある古い礼拝堂だからと言って、おっかなびっくりしながら毎週の礼拝をささげているのではありません。

立派に素敵に、昔も今もこれからも、豊かな賛美が響き渡る中、礼拝がささげられ行くことと思います。

 

とは言え、永遠というわけには行きませんから、やがていつか時が来れば、次の何かを考えざるを得ない時も来ることでしょう。

 

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街往く方たち、西大寺を散策される方たち、教会がここにあることを今まで知らなかった方たち、偶然通りがかった方にも、この歴史的掲示板に触れて頂き、教会の空気に触れて頂きたいと思います。

 

ずっと前から看板に記されている通り、ご自由に礼拝堂にお入り頂き、歴史の重みと同時に、清々しさを感じる礼拝堂に身を置いて、ゆっくりと時をお過ごし頂ければ幸いです。

 

どうぞ、旭東教会にお出かけ下さいませ。心より歓迎いたします。end