2017年9月30日(土)135号 『 ごゆっくりどうぞ  トイレがきれいになりました 』

もう一つ、洋式のおトイレがあるといいなぁ。

 

そんな思いを、わたし(牧師のもりでございます)のこころにハッキリと抱き始めたのはいつだったか。

 

5年前、ということはございません。まだ、最北の町に居りましたので。

 

2017年度の教会総会資料にはトイレの課題も含めて、検討が必要です、のようなことが記されていたと思います。

 

少なくとも、バリアフリー化の一端として、会堂を土足解禁の方向で前進したいですね、とあったはずです。

 

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2017年10月1日(日)、つまり、2017年度も半年が過ぎ、後半に入る日曜日から、一新となったトイレを使って頂けることになりました。

 

ぜひ、遠方の方も、旭東教会にお出でになったら、わたしたちの自慢のトイレをお使いになってからお帰り下さい。

 

この度の、トイレ自慢?を始めるにあたって、あれやこれやと思い巡らしておりました。

 

毎週教会にお出でになる方でも、トイレをお使いにならないで、すーっとお帰りになる方も居られます。

その一方で、礼拝前、或いは、礼拝中。そして礼拝後、集会後、お帰りになる前に、必ずトイレをお使いになる方も居られます。

 

教会で過ごす時間が長い方は、自ずと、トイレをお使いになることも多いと思います。あとは遠方の方でしょうか。

 

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25年ほど前の改修工事で、バリアフリー化を進め、車椅子利用が可能な洋式のおトイレを、ということで設置されたのが、先日まで使っていたトイレ空間でした。

 

片隅には男性用の小専用便器がありますが、メインは洋式便器です。機能的にはいずれもまだまだ問題なし、に近いと思いますが、いささか空間が広すぎる感がありました。

 

でも、これ位では、教会がトイレ工事をしましょう、ということにはなりません。

 

では、なにゆえ、もう一つ洋式のトイレがほしい、ほしい、欲しいということになったのでありましょうか。

 

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それは、男性にせよ、女性にせよ、小さい子にせよ、大人にせよ、みんなに関係してくることでもあります。

 

用を足したいと思ったが吉日、と申しますか、正直に申し上げて、わたくしなど、60歳前の男性でも、5年前か、10年前からか、「おしっこぉー!」と思いましたら、全ての回がそういうわけではないにせよ、もう我慢と辛抱が効きません。

 

はい、これはですね、かなり切実な課題、と言えると思います。

 

そうそう、オレも、わたしも、ワシも、僕も、ということが多いのではないでしょうか。

 

2歳児、3歳児だって、ねぇ、そうでしょ、パパ・ママ。

 

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トイレの増設工事を検討し始めてから、幾つかの問題がありました。

 

面白い表現だなぁと思ったのは、初期の頃に、提案をして下さって、没となった案を持参された工務店の真面目な担当者さんがおっしゃった言葉です。

 

それはこういう内容でした。

 

「先生、このプランは、250万円(今回の工事とは全く無縁の金額です)も出して頂いて、教会の皆さんの、やってよかった感がどの程度あるか。かなり低いと思います」

 

ハッキリとそう言われたのです。

 

これは勉強になりました。

 

といいますか、すごい説得力のある言葉です。多少の無理をしてでも、必要なものにはお金がかかるんだから、やりましょう。やっぱりやってよかった、と思えるかどうか。本当に大事なことだと思います。

 

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3つの業者さんからの設計プランと金額の見積、つまり相見積もりというやつですが・・・・・・

 

それを頂いて、教会の大切なことを決定していく会議の席で相談いたしました。

 

その中で、誰もが文句なく、これでいきましょう、これに決定という提案をして下さったのが、「IRホーム(アイアール)さん」という会社です。

 

隣町の赤磐市に本拠を置く住宅販売、リフォームもなさる会社で、私たちの窓口のお店は、芥子山(けしごやま)に近い所にある岡山店さんでした。本当にお世話になりました。

 

教会の世界には、誰々設計事務所の○○先生が図面を書いた礼拝堂、というようなことがあります。

 

旭東教会のトイレ改修工事。

 

そんな著名な先生に相談するわけがありませんけれども、担当のY山さん。いつも速攻のお仕事振りで、さっさっと現場を見極めて、提案下さいました。納得のお値段で。ほんとに安心して、気軽に相談できました。

 

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実際に工事が始まります迄、紆余曲折とまでは申しませんが、実は、かなり悩ましい事態が、とあることとの関わり合いの中で存在することに気が付きました。

 

岡山市役所にまで、工務店の法令関係の専門の方が調べに行かれる、ということもありました。

 

こりゃ、まずいことになるのかなぁ、なんて心配もしたのです。

 

けれども、約20日間続いた工事も、終了のときまで、どなた様からのクレームも入ることなく、無事に完成へと至りました。本当に晴れがましい気持ちです。

 

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ちょっと、ちょっと。ただのトイレ工事でしょ?なんて言わないで下さい。少しばかり、自慢話をさせて下さい。

 

日曜日の夜でしょうか、今もTVであるのかどうか確認はしていませんが、「ビフォア&アフター」のような住宅関係の番組がありましたよね。それで取材してもらいたい、というのはかなりオーバーですけど、気持ちとしては、誇らしい気分でいっぱいなのです。

 

手洗いの脇にある小物を置ける創作desk、入室を外に知らせる赤色のランプの自動点灯(入室か否かの確認が大変でした)、もちろん、ウオシュレットの採用など。

 

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この度の旭東教会のトイレ改修工事。

 

かなり限られた予算と申しますか、これくらいで、と考えた工事の中で、最大の喜びを感じられるものだと太鼓判を押せます。それだけでなく、元々あった空間を利用する中では、まさに最善だと思います。

 

まだ、ご使用になった方は数名なのですが、今後、ジワリジワリと、「いいですね、旭東教会のおトイレ」というお声が外部のお客さまから聞こえたりするのでは、と思ったりしているのです。

 

お帰りになる方に、「トイレ、どうぞお使いになってからお帰り下さいね」と、やたらみんなが口にする教会になるかも知れません。(笑)

 

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来春3月最初の金曜日には、世界祈祷日の会場として旭東教会が用いられることになっています。

 

その日には、市内各地から教派を越えてのお客さまがお出でになりますから、改修工事をしっかり行いましょう、というのが、この度の工事開始のきっかけの一つとなったのは間違いありません。

 

しかしそれよりも、何よりも、お歳を重ねて来られた方が多くなる中、トイレ問題は、決して見過ごしに出来ない、というのが一番の理由でした。

 

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イエスさまは大工さんだった。

 

そのように、トイレ改修工事に携わってくださった、大工さん・職人さんたちにお伝えしながら伝道するのを忘れてしまったのが、少しばかり悔やまれます。

 

でも、まだ、もう少しの備品の取り付けなどに1週間ほどすると、お出でになることがありますので、しっかりと計画を立てて、さり気なーく、お話してみようと思います。

 

大工さん、左官屋さん、建具屋さん、床や壁などのカーペット職人さん、塗装屋さん、ぶっ壊し屋さん?、そして営業の窓口の方、近隣に挨拶回りをしてくれた女性スタッフの方、等など。

 

皆さん、笑顔でやさしく、しかも仕事ぶりは確か。養生の仕方も片付けも丁寧でした。どなたも、本当によい仕事をして下さいました。心から感謝です。

 

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わたしたち旭東教会の一人ひとりに託されていることは、このトイレが、もっともよい形で用いられるようになること。

 

そして、そのトイレをあたりまえの様に、美しく維持していくこと、でしょうか。

 

神さまが願って居られることはどんなことだろう。思い巡らしながら、自覚と責任をもって、みんなで大切にしていきたいと思います。

 

神さま、本当にありがとうございました!

 

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ホームページをご覧になりながら、まだ、旭東教会にお出でになったことのない方が居られましたら、どうぞ、礼拝出席や祈祷会参加とセットで、トイレをお使いになってみて下さい。

 

おーっと、もちろん、トイレ見学だけでも大歓迎です。心よりお待ちいたしております。end

 

 


もう少し、お見せします 旭東教会自慢のおトイレ そして工事の様子



2017年9月23日(土)134号 『 愛の鐘が鳴る十文字平和教会にて 〈バーベキュー礼拝〉万歳! 』*ミニ写真館付

野外バーベキューも後半 残ったのは仕上げの焼きおにぎりの頃 十文字平和教会のとしちゃんのギターに合わせて賛美です  自然に手拍子も!
野外バーベキューも後半 残ったのは仕上げの焼きおにぎりの頃 十文字平和教会のとしちゃんのギターに合わせて賛美です  自然に手拍子も!

台風18号が日本列島を縦断していった翌日。

 

9月18日(月・恵老の日)、10時10分に集合した旭東教会の20名。車5台を連ね、十文字平和教会に向かって出発しました。1時間と10分程のドライブです。

 

わたくし(牧師のもりでございます)の運転する車に乗っておられた幸子さん。

 

市内中心地から次第に郊外に進むにつれ、

 

「せんせ、十文字平和教会って、岡山市内にあるんやないん?」


「岡山市の北区かなぁ」


「わたしぃ、街中にあるもんやとおもうとったわぁ」


「岡山空港、飛行場の方です。丘の上の教会」

 

という少しとんちんかんな会話も弾みました。

 

そう、十文字平和教会がどこにあるのか、知らない方の方が多いのです。月に2度の礼拝応援が始まって2年目。牧師を送り出す旭東教会の皆さん、まだまだ十文字平和教会の姿が目の前に浮かびません。

 

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愛の鐘のロッジで野外バーベキューをしましょう!

 

そんな素敵なご案内を頂き(わたくし森も計画が始まった席に居りましたが)、旭東教会で参加者を募ると、予想を遥かに超える20人の参加となりました。

 

その結果、十文字平和教会の方たち10名ほかを合わせると何と40名が一同に集うバーベキュー。

 

十文字平和教会の方たちも、初めての経験となったようで、こんなに多くの方たちを迎えることが出来るのだろうか、と心配されたようです。実際、ご苦労もあったと思います。

 

でも、ふたを開けてみると、杞憂に終わったようです。本当に楽しく、ゆたかな一日をみんなで過ごすことが出来ました。

 

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11時半の定刻を少し過ぎた頃、総合司会役の満さんの挨拶に続き、わたくしもひと言(1分で)、ということで、当日のローズンゲンのみ言葉を読み、小さな応援メッセージを語らせて頂きました。2分かかったかな。

 

その後、十文字平和教会の讃美歌とも言える、『讃美歌第2篇』の189番「丘の上の教会へ」を一同で歌いました。

 

野外バーベキューの会場は「愛の鐘のロッジ」の名が付けられていて、毎朝9時と夕方5時に、鐘が鳴り響きます。

 

「さやかにやさしく ベルは鳴りわたる あぁ、なつしぃ教会へ きょうこそみんなで帰ろぅ」

 

この歌詞はこの日のために備えられていたのでは、と心底思うひとときでもありました。

 

それから直ぐにバーベキューが始まりました。本当にどれもおいしかった。

 

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以下、幾つかの嬉しくなった場面をご紹介します。

 

◆バーベキューが生まれて初めての正さん
 94歳になる正さん、「バーベキュー いかがですかぁ?」とお声掛けすると、「わたし、バーベキュー生まれて初めてなんです」とのお答え。

 それを聞いただけでも、嬉しくなりました。余談ながら、正さんは、わたくしが〈マック〉〈回転寿司〉にも連れて行き、お初を経験して頂いております。

 

 

◆間もなく90歳 Wさんご夫妻がモリモリ食べて下さっていたこと
 89歳、88歳のWさんご夫妻。バーベキューに来て下さったのはいいけれど、もう、お年頃は過ぎていて、あんまり食べられないのでは、と心配しておりました。

 

 が、完全に勘違いしておりました。

 

 お二人共に、お席からほとんど動かず、楽しく、おいしく、もりもり食べ続けて居られました。「ムネリン、お肉、久しぶりですか?」みたいな感じ(野菜中心に召しあがっていたかも知れません)に見えるほどでした。

 

 

◆旭東には、普段、車で1時間かけて来られる富雄さんのご挨拶
 わたし、玉島に住んでおりまして、車で1時間程かけて礼拝に来ています。でも最近、教会がどんどん近しく親しい思いを抱く場所になって来ています・・・・・・。

 

森牧師(わたしです)それを聴いていて、感動の涙をポロリ。

 

 

◆総合司会の満さんのお姿 マイクをもって挨拶の時・・・・・・

 当日は、デザートのアイスクリーム、そして、ピオーネなどの特大ぶどうを満喫した後、みんながマイクを手にして自己紹介をしました。

 

 最後に満さんにマイクがわたった時、皆さんの喜びの言葉の数々、十文字平和教会への感謝の思いに触れたからだったからでしょうか。

 

 満さん、マイクをもったまま天を見上げ、その後、うつむき、感極まって言葉につまり、ひと言もお話できませんでした。

 

 この場面も美しく、こころ震えるひとときでした。

 

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そろそろ解散の時刻が近くなってきた頃、総合司会の満さんが私のところに近づいてこられました。

 

「森先生、さいごに〈祝祷〉してもらえないでしょうか」

 

そう言われたのです。

 

わたくし即座にお答えしました。

 

「もちろん、いいですよ」と。

 

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が、わたくし、その1分後位に、あっ、そうか、そうだったのかぁ、と心の中で大きくうなずき始めていたのです。

 

11時半~14時半位まで続いた、愛の鐘のロッジでの野外バーベキュー。これは単なるバーベキューではなかったんだ、と気付いたのです。

 

祝祷って、普通は礼拝で行うもの。

 

きょうは聖書も読んだ、お祈りもした、1分間メッセージもあった。たくさんの恵みを分かち合った。

神さまに出会い、隣人に出会い、お肉や野菜でお腹いっぱいなのではなく、感謝の思いでみんなが満腹じゃないか。

 

これって、礼拝じゃないか!そう確信しました。

 

その気付きを皆さんにお伝えして、讃美歌541番の頌栄・「父、み子、みたまの おおみかみに、ときわにたえせず みさかえあれ」を一同で賛美。

 

その後、祝祷いたしました。

 

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喜びの礼拝。

 

そこには余韻がつきものです。

 

世界初の〈バーベキュー礼拝〉。神さまが備え導いて下さった神の国の福音の出来事は、これからも、我ら一同を確かに支え導いてくれることを確信しています。

 

神さま、ほんとうにありがとうございました。

 

そして、十文字平和教会の皆さん、これからもよろしくお願いいたします。ご一緒に信仰の旅路を深めて参りましょう。end

 


十文字平和教会 愛の鐘ロッジでの野外バーベキュー Clickでさらに美しく



2017年9月15日(金)133号 『 頑張ってます 283歳 』 *ミニ写真館付

頑張っておられるお三方、合計283歳です。目指せ300歳!
頑張っておられるお三方、合計283歳です。目指せ300歳!

聖書の一番はじめの書である創世記5章には、人類の長寿の歴史とも言えるような「アダムの系図」が記録されています。

 

そして5章の一番最後には、神に従う無垢な人として知られるあの人が出てきます。

 

子どもたちの名前や、幼稚園の名前に使われているのを見かけることがありました。

 

【5:32 ノアは五百歳になったとき、セム、ハム、ヤフェトをもうけた。】

 

そうです、答えは「ノアさん」です。ノアさん、幾つまで生きたのかご記憶でしょうか。答えは創世記9章の終わりの方にこう記されています。

 

【9:28 ノアは、洪水の後三百五十年生きた。29 ノアは九百五十歳になって、死んだ。】

 

なるほど、そうだったなぁと思い出される方も居られることでしょう。

 

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でも油断してはいけません。なぜって、ここで問題が出るからです。

 

《 聖書の中で、最長寿だった人は誰でしょう 》

 

もしも、すぐに答えられる方が居られたら、これは拍手喝采もの。正直に告白いたします。わたくし(牧師のもりでございます)、今まで覚えておりませんでした。

 

とある聖書辞典では、その人=最長寿の人についてこう紹介していました。

 

《 ノアの祖父に当る。彼は969年生きた。これは聖書に記録されているかぎりでの最年長者である。 》

 

答えはですね、創世記5章27節に召されていった年齢と共に紹介されているこの方です。

 

ちなみに彼の名前は創世記5章21節に最初に出てきます。

 

【5:27 メトシェラは九百六十九年生き、そして死んだ。】

 

そう、「メトシェラさん」という人なのです。

 

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さてさて、9月10日(日)は恵老祝福の日として、恵老祝福礼拝をささげ、共に聖餐にあずかり、記念撮影の後、午後からは、恵老祝福愛餐会の楽しい時を過ごしました。

 

とりわけ、午後からの愛餐会は、泰さんの名司会によって、岡山名物バラ寿司を頂きながらのお食事を含め、正味1時間と5分程でしたのに、とーっても楽しく豊かなひとときを過ごすことが出来ました。

 

メロディーベルを数週間にわたってお稽古して下さった皆さんの「埴生の宿(はにゅうのやど)」の演奏も素晴らしかったですよ。そのあと、実際に讃美歌も歌いました。

 

他にも、久しぶりに教会にお出で下さったT兄と寄り添いのお嬢さんも、ごくごく自然にそこに居てくださったりして、教会っていいなぁ、と多くの方たちが感じていたこと太鼓判です。

 

愛餐会のバラ寿司も岡山一でしょうし、「いやー、映画っていいですね」もとい「いやー、旭東教会って本当にいいよなぁ」と満たされた次第です。

 

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司会の泰さんが準備されたのは(写真は、ブログの下の方に貼りつけてあります)大型の用紙に記されたものです。

 

こんな、おもしろ、おかしいことが記されているのです。

 

“今日の私を語る” 老年の主張 2分間メッセージ(一択です)

 

             1. 今熱中できること
             2. 私の好きな歌・うた・さんび
             3. 私の初恋の人
             4. さいごの晩餐で食べたいモノ
             5. もう一度見たい映画
             6. 私を生かす言葉
             7. 信仰を続けられたヒケツ
             8. 最近の私の最大の出来事

 

                             ※これらにとらわれず おおらかに

 

という質問が掲示されていました。いかがですか?僕たちの教会も使いたい?

 

「もってけ泥棒」でありまして、どうぞ、どうぞ、遠慮なく、来年でしょうか、御教会の恵老祝福の日にお使い下さい。

 

〈ボケ〉と〈ツッコミ〉が自然発生していた愉快な空気の中の1時間と5分。大いに笑い、幸せな余韻が残る、本当に嬉しい日曜日となったのです。

 

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各地の教会でも、ご高齢の方々を囲んでのお祝いがなされたことと思います。

 

旭東教会でも、9月10日時点で80歳をお迎えになっている皆さんをご招待しました。

 

その数、18名。そのうち男性は4名、14名が女性でした。圧倒的に女性たちがお元気です。

 

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中でも、旭東教会が誇るご長寿ベストスリーが、上の写真のお三方でございました。

 

      1) ○○ 寿 先生    1920年(大正 9年) ○月29日 96歳
      2) ○○  季具枝 姉  1922年(大正11年)○月 1日 94歳
      3) ○○ 正 兄     1924年(大正13年)○月 1日 93歳

 

当初、テーブルセッティングが終わったのをみても、誰がこちらにお座りになるのか、ボンヤリしていた私には分かりませんでしたが、泰さんのお話を聞いて合点がいきました。

 

そして、カメラに記録されておりました写真を眺めていて、とても嬉しく、幸せな気持ちになってきたのです。来年も元気にこのお席にいて下さい。礼拝、ご一緒いたしましょう、と心から感じたのです。

 

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お三人ともに、しっかり食べる元気があることはもちろんのこと、まだまだ、なすべきことがあるというお気持ちをしっかりもっておられることが分かります。

 

礼拝、そして、信仰の旅路を、まさに、末長くご一緒させて頂きたい。心より願っております。

 

若い方たちの姿、働き盛りの方々がたくさん居られることも嬉しいですが、ご高齢の方たちこそ、日曜日に、《きょういく場所》を礼拝の中に見出し続けて頂けるように、みんなで助け合い、努力していきたいと思った次第です。

 

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おっと、今回のBlog・教会日記のタイトル、『 頑張ってます 283歳 』の意味はお分かりですね。

 

上の写真のお三方、寿先生、正兄、季具枝姉のお歳を合計してのお歳です。

 

季具枝さん、10月1日がお誕生日ですから、間もなく、合計は284歳となりますend 

 


2017年度 旭東教会恵老祝福の日 《 教会っていいなぁ 》 Clickで更に美しく



2017年9月9日(土)132号 『 夜の訪問者 オルガニスト登場 』

Tさんにとって、教会のオルガンに座ることは、ほんとうに幸せな時間なのだろうと想像します。2017年初秋 旭東教会夜のひとこま
Tさんにとって、教会のオルガンに座ることは、ほんとうに幸せな時間なのだろうと想像します。2017年初秋 旭東教会夜のひとこま

こんにちは

 

今週もわたくし(牧師のもりでございます)が旭東教会のホームページの「Blog・教会日記」をお届けいたします。

 

秋の訪れを、ここ岡山市東区西大寺でも、とりわけ朝晩に感じるこの頃です。

 

数日前の夜、教会をお訪ねくださったご夫妻が居られました。

 

明日、9月10日(日)は、恵老祝福礼拝をささげますが、その対象者である80歳を越えたTさんと奥さまのMさんでした。

 

神さまからの風が吹いてのお導きと思いますが、少しの間、礼拝堂でお話ししたりする時間が与えられました。

 

写真はその時のひとこまです。

 

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Tさん、オルガニストとして礼拝奉仕をなさっていたこともある方です。

 

わたしも、鍵盤楽器を少しだけですが弾いていたことがありますので、何となくお気持ちがわかるのですが、オルガンに座って、指を動かすだけでも、とても落ち着いた気分になります。

 

ご覧の写真の通りですが、Tさんが教会のオルガンを弾かれたのは、久しぶりのことだったと思います。とても楽しげでした。

 

Tさん、最初は指ならしをされていましたが、わたくしが讃美歌を開き、慈しみ深き、そして、きよしこの夜などをリクエストすると、ごく自然に鍵盤を両手で弾かれ、「あー、いい音だ」と喜んでくださいました。

 

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その後、数日経った今、わたくしは、ヨハネによる福音書の3章に登場するニコデモさんが、イエスさまのところを夜訪ねて来た場面を思い出しています。

 

ニコデモからの言葉を聴いたイエスさまがこう語られました。

 

【はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。】と。

 

更にイエスさまは続けました。

 

【風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。】

 

このような、ヨハネによる福音書らしいとも言える、少し謎めいたお言葉を用いて、イエスさまはニコデモに対する愛の言葉を語られたのです。

 

Tさん、そして奥さまのMさんと、礼拝堂で静かなひとときを過ごせたこと、とても感謝でした。

 

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写真には、夜の礼拝堂の澄んだ空気が不思議と広がっているのを感じます。

 

教会の礼拝堂には、このような日曜日の朝とは全く違う時間が、ふとした瞬間に生まれる時があるのです。

 

人の思いを越えた備えを下さったのは神さまとしか思えません。

 

神さま、イエスさま、そして慰めぬしなる聖霊よ、本当に感謝します。ありがとうございました。

 

もしかすると、Tさんにとっての〈新生の時〉が備えられていたのかも知れません。end

 

 


こちらもどうぞ 夜の礼拝堂も美しい  旭東教会です クリックで大きくなります


2017年9月初秋 夜の礼拝堂にて Tさんご夫妻と森牧師 神さまの備えてくださった、幸せな時間でしたよ (^^♪
2017年9月初秋 夜の礼拝堂にて Tさんご夫妻と森牧師 神さまの備えてくださった、幸せな時間でしたよ (^^♪

2017年8月31日(木)131号 『 十文字平和教会とのバーベキュー交流計画 』

こんにちは、旭東教会のホームページ、「Blog・教会日記」のお部屋にようこそ。

 

きょうは、わたくし(牧師のもりでございます)が、月に2度、礼拝応援にうかがっている十文字平和教会からの、〈野外バーベキュー〉のご案内の話題をお届けしようと思います。

 

詳しくは、左の写真をご覧頂くとよいかと思います。

 

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十文字平和教会。

 

たとえば、東中国教区のホームページに依れば、こんな風に紹介されています。

 

□住 所: 岡山県岡山市北区日近954
□電 話: 086-295-1806
□URL: http://jyumonjiheiwa.jimdo.com/
□設 立: 1935年(昭和10年)3月7日
□礼 拝: 毎週日曜日 午後3:00~

 

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場所はざっくりと申し上げると、岡山市の郊外にある、岡山空港の方面です。岡山駅辺りからですと車で45分かな。

 

岡山空港からですと車で15分位でしょうか。

 

旭東教会からですと、車で最速63分程でございます。距離は40数キロでしょうか。

 

2016年4月、現在代務をなさっている先生が東京の教会に転任された為、わたくし森が礼拝の応援ほか、さまざまなお交わりの中で、お話を聴いたり、お手伝いできることは少しずつさせて頂いています。

 

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十文字平和教会の小高い丘には、2010年10月、教会員の皆さんのご奉仕による「愛の鐘のロッジ」が建てられました。そこがバーベキューの会場となります。

 

「愛の鐘のロッジ」の案内文にはこう記されています。

 

「愛の鐘の塔と緑の野山に囲まれ、爽やかな風が流れています。野外礼拝、研修会、保養・親睦会などに広く 教区、地区、地域の皆さまにも開放し利用してもらえばとの思いです」

 

なんと素敵な計画でしょう。岡山県東部地区でも時々使わせて頂いております。

 

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そう言えば最近、わたくし、十文字平和教会のホームページの作成の応援をいたしました。

 

以下が、URLです。トップページの写真をご覧になるだけでも、十文字平和教会の自然環境の恵みがよくわかると思います。

 

【 https://jyumonjiheiwa.jimdo.com/ 】を是非訪ねてみてください。

 

ホームページの中でも、とりわけ、教会員の布下満さん(画家です)による、『ひとつぶのたね』という紙芝居形式による会堂献堂の歴史のページは本当に美しいです。感動します。

 

世界中、どこを探しても、このような形での教会紹介は見当たらない。そう断言できます。

 

その紙芝居をみれば感じられる聖霊の息吹が、今の十文字平和教会の中には色濃く残っております。風が吹き抜けていきます。

 

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この度のバーベキュー。当初、わたしたちの教会の『週報』には次のような案内文を載せました。

 

以下、8月20日(日)付の『週報』お知らせ欄からの抜粋です。

【○《9月18日(月・休)「十文字平和教会でバーベキュー」決定》当日のお昼、ピクニックを兼ねて有志で出掛けます。次週より参加者を募り車に乗り合わせて参ります。参加費は交通費を除き一人1500円以内の予定。次週には詳細をお知らせします。ご予定頂き多くの皆さんのご参加を願います。】

 

それが、一週間後の8月27日(日)の『週報』では次のように変わりました。

【○《9月18日(月・休)「十文字平和教会からのお招きを受け(*掲示板にご案内あり)野外バーベキュー」に参ります(*雨天決行)》会費は一人500円(小学生以下300円)です。事前に旭東教会でまとめます。基本的には10時15分に旭東教会に集合し教会から車に乗り合わせます。交通費は後で精算予定。参加される方は、9月3日(日)迄に申込み用紙に記名ください。楽しい一日を皆でつくりましょう。】

 

バーベキューが500円!そんなんでいいのだろか、と思います。

 

でも、よいそうです。かたじけないことでございます。

 

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8月27日(日)、礼拝にお出でになり、『週報』をご覧になった旭東教会のメンバーのうち、概ね半数の16名が、現時点で、十文字平和教会での野外バーベキューに出掛けたい、と申込み用紙にお名前を書いてくれています。

 

次週9月3日(日)が締め切りですから、もう少し、参加者が増えるかも知れません。それにしても、旭東教会のメンバーの反応の良さにはビックリです。

 

十文字平和教会の皆さま、とりわけ、準備の中心的な役割を担われるであろう房子さん。本当に準備が大変なことになるのでは、とチト不安がありますが、よろしくお願いいたします。

 

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とは言え、房子さん、そして、十文字平和教会の皆さんに安心してもいいかも知れない、と思うこともあります。

 

旭東教会からの参加者には、食べ盛りの青年男子は現時点では一人も居りません。参加者の平均年齢は、おそらく、団塊の世代のお歳に近いのでは、と想像します。93歳の方も含まれております。80代後半の方も居られます。

 

「野菜中心でお願いします」「お肉は美味しいところがちょっとあればそれで大丈夫」(お肉ひとり100㌘以内でたぶん大丈夫)という方が大半だろうと思います。

 

イエスさまによる5000人の給食の奇跡など思いますと、食べ過ぎは禁物(笑)です。腹6分目位で本当に大丈夫ですよ、房子さん。

 

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「一緒にご飯を食べましょう」

 

こんな有り難いお招きは、ありません。

 

そしてこれこそ、イエスさまが、罪人たちや徴税人たちに呼びかけてくださったお言葉に違いありません。

 

そう言えば、つい最近、とある研修会の席で教えて頂いたお話を思い出しました。

 

日本列島の北の方の大きな町の、とある教会で、昭和6年頃の8ミリのフィルムが出てきたそうです。それはそれは珍しいもの。

 

フィルムに写し出されたのはどんな光景だったかというと、みんなが一緒に、楽しそうに食べる場面がたーくさん記録されていたそうです。

 

それを見た一同、「昔も今もかわらんなぁ」と一致したとのこと。

 

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そうです。教会っていうところは(「礼拝だけで真っ直ぐ帰りなさい」というところももちろんあるようですが)、やはり、食べることがすごく大事なのです。

 

さかのぼって行けば、各福音書に見るイエスさまによる「主の晩餐」の食卓であるとか、ルカによる福音書24章のエマオ途上の旅人の食卓の場面を思い起こします。

 

あるいは、ヨハネによる福音書21章のガリラヤ湖畔での朝の食事、さらには、使徒言行録2章後半の信者の生活の様子の中にある、家ごとに集まってのパン裂きや喜びに満ちた食事の場面などなど。

 

いずれも、たいせつな意味が秘めらている食事の風景です。神の国の入口は間違いなく、食卓にある。聖書にはそう書かれています。

 

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あー、何と楽しみな、野外バーベキューでしょう。

 

雨天決行!となっています。万が一台風がやって来たら、たぶん、10月9日(月)あたりに順延ではないか、と想像いたします。

 

十文字平和教会という小さな群れによる、おおきな愛を感じるバーベキューの計画。

 

祈りつつ、その日を待ちたいなぁと願っております。十文字平和教会の皆さま、本当にご配慮ありがとうございます。当日まで、何とぞよろしくお願い申し上げます。end 


十文字平和教会の近影です クリックで拡大



2017年8月22日(火)130号 『 み言葉カフェ〈手は口ほどにものを言う?〉の巻 』

2017年8月20日(日)の礼拝後 礼拝堂の後方 丸椅子に座り語らう み言葉カフェ にて
2017年8月20日(日)の礼拝後 礼拝堂の後方 丸椅子に座り語らう み言葉カフェ にて

こんにちは、関東以北は涼しい夏、雨模様の夏とニュースでは聞いておりますが、ここ岡山市はまったく違います。

 

かーなり残暑きびしい毎日でありまして、週間天気予報など見ますと、夏本番がまた来るのかしら、という感じすらいたします。

 

まことに、秋が待ち遠しいというのが本音のこの頃でございます。

 

とは言え、お宅によっては、数日前、或いは一週間ほど前から、自宅ではエアコンなしで大丈夫です、とか、夜はエアコンなしで大丈夫ですよ、という声も教会の皆さんからは聞こえてきております。

 

岡山市東区近郊でも、ところによって、温度差?か、風のぬけ具合がかなり違うようです。

 

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さてさて、残暑とはまったく関係ございませんが、2017年度の5月、つまり、固く申しますと定期教会総会が終わりまして、今年度は、これも頑張って取り組みましょうね、ということで始まった集いが旭東教会にはございます。

 

その名は「み言葉カフェ」と申します。

 

なんだか素晴らしい呼び名だなぁと、ネーミングをいたしましたわたくし、自画自賛的に思うのですが(書き手はいつもと同じ、牧師のもりでございます)・・・・・・

 

実際、名前に負けないくらい、5月、6月、7月、8月と、み言葉カフェ、なかなかいい感じの会として始動しております。

 

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「何ですか、そのみ言葉カフェ?」という方が居られるかも知れません。

 

えー、それはですね、旭東教会の『週報』でご案内した記事からコピーしてくると、こんな感じになります。

 

▼いよいよ、来週から始めますよ、という頃のご案内
【5月21日(日)・週報でのご案内】
○《次週から「み言葉カフェ」が始まります》礼拝・教会だからこその、日曜日の恵みである、み言葉、賛美歌も含めて、喜び、感謝を分かち合う有志による集いです。呼びかけはK姉です。求道者の方も遠慮なくご参加下さい。いつもの、ほっとタイムが集会室で行われている時間に、礼拝堂の後方辺りで、丸椅子に座って行う感じです。30分程の会です。話し合いではなく、各自に与えられた心に聴き、静かに持ち帰ることを大切にします。まずは、月に一度のペースで行う予定です。

 

▼4回目となり、だいぶ簡略になりまして、8月のみ言葉カフェは以下のようなご案内がでました。
【8月20日(日)・週報でのご案内】
○《本日は「み言葉カフェ」の日曜日です》礼拝・み言葉・賛美などの恵みを分かち合う豊かな会です。初めての方も心配なくご参加下さい。静かに聴いているだけでも大丈夫な気楽な会です。礼拝堂の後方にて。

 

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み言葉カフェ、毎回、少しずつメンバーの入れ替わりがありますが、いつも参加される常連さんが多分5,6名は居られます。10名前後の方たちが集まって来て、約束通りに、開始後30分以内に解散、という会の持ち方を徹底しています。

 

当然、礼拝メッセージの内容についての思い、恵み、気付きを語って下さる方も居られます。或いは、それ以外の日曜日の恵み、が様々に語られるのも楽しいものです。

 

今回も「きょうは、キリスト教基礎講座にでられて本当によかった。・・・今ひとつ最近元気がでなかったのだけど、今朝、教会カレンダーを見るとキリスト教基礎講座があることを思い出して・・・」とか、

 

「昨日は所用があって遠方に出掛け、体調も崩していました。実はほとんど寝ていません。でも、こんな時に神さまが考えて下さって・・・」というような声も聴かせて頂きました。

 

或いは、「礼拝で森先生が語られた・・・・・・集いのことを聴いていて・・・ときのことを思い出しました」という声もありました。

 

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礼拝後の集会室での「ほっとタイム」での気楽で気さくなお茶のみの時間も楽しいものです。うそいつわりなく、ほっとする時間です。

 

でも、月に一度でも、教会らしい形で、信仰の言葉・信仰の出来事に互いが心傾けることができるのは本当に嬉しいことですし、教会生活を送る人々の集いの場の意味を思うと、幸せを感じます。

 

み言葉カフェ。

 

基本的に質問なし、感じたことをそのまんま語ることを大切にしていますので、聴くことに徹する時間もやはりとてもよいものだな、と思うのです。

 

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もう一つ、み言葉カフェで大切にしているのは、腹7分目位で終わりましょう、ということかも知れません。

 

時間は30分以内で必ず終了とすることを徹底しています。それより早く終わる場合もあり、と考えています。

 

世の中、食べ過ぎて健康によい、という話は聞いたことがありません。同様に、食べ過ぎて信仰によい、というのもないのです。

 

腹8分でも多すぎる、腹6分だと物足らない。7分目だと、次回が楽しみになりますね。

 

説教でもそうかも知れません。わたくしの語る説教も、礼拝にお出でになっている方たちの満腹を目指すよりも、腹7分目位がおそらく丁度よろしいのだろう、と考えています。

 

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今号の写真。下にミニ写真館を置いておきますが、参加者の手の動きに少し注目してみました。

 

手は口ほどに物を言う、なんて言葉はありません。でも、実際は手は口ほどに物を言っているようです。

 

力をこめて語るわけではないはずなのに、何か、内なる思いを語ろうとするとき、ごく自然に、手も動き出しているのです。

 

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み言葉カフェのような集いを、とある教会ではほぼ毎週おこなっているという話を牧師センセイから直接聞いたことがあります。しかも、全員参加型で。

 

わたしたちは、とてもそこまでできません。

 

けれども、多分、これからもずっと続きそうな会として、み言葉カフェは落ち着きつつあるように思います。牧師が不在でもできる会。そういうこともかなり大事なポイントです。

 

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旭東教会のみ言葉カフェの時間。ぜひ、あなたも仲間入りして下さい。心より歓迎いたします。

 

ひと言もお話なさらなくても大丈夫ですよ。キリスト教会というもの、信仰をもっている方々のありのままを自然に感じられます。

 

すごーく楽な気持ちになる、本当によい時間でございます。聖霊が確かに働いているのだ、といつも思っています。end

 

 


ミニ写真館 み言葉カフェ  2017年8月20日 より Clickで大きくなります



2017年8月18日(金)№ 129『 旧約聖書を学ぶなら オススメはこれ 』

旧約聖書のみならず、と言えるのですが、聖書物語を読んでから、ふつうの「聖書」を読み始めますと、いっそう理解が深まるのではと思うのでございます。
旧約聖書のみならず、と言えるのですが、聖書物語を読んでから、ふつうの「聖書」を読み始めますと、いっそう理解が深まるのではと思うのでございます。

今週の写真、先日の日曜日の朝、9時10分~55分に行った「キリスト教基礎講座」で紹介した本です。

 

このブログの最後に丁寧にご紹介しています。

 

キリスト教基礎講座の時間。

 

わたくし(牧師のもりでございます)が信頼する伝道熱心な先生の〈ノート型のテキスト〉に従って、教会に来はじめて間もない方も、昔から来ている方も、ご一緒に、ちょっぴり深く、しかも楽しく学べる時間をもっています。

 

木曜日の祈祷会の前半の時間には、聖書そのものをじっくり学ぶ、いわゆる〈聖書講義〉を行っています。でも、キリスト教基礎講座ではそれはしていません。

 

もちろん、聖書がわかるようになるためのお話はたくさんありますが、聖書味読、というような時間とは違うのです。

 

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聖書というもの。間違いなく、世界中で一番発行部数の多い書物です。

 

でも、その中身がどんなふうであるのか。新約だけでなく旧約聖書を一人で読み始めてみて、「内容がよくわかりました」と言われる方に、少なくともわたしは、出会ったことがありません。

 

よく頑張った方でも、出エジプト記の20章までは、すごくおもしろかったですと言えるかも知れませんが、「レビ記」あたりで読む意味がわからなくなります。そして。だんだん迷路に入って行き・・・・・・ということが多いのでは、と思うのです。

 

もちろん、かく言うわたくしも、何がなんだかわからない頃が長くありました。

 

でも、それでは悔しいし、特に、神学校の受験前にはせめて一度は聖書全巻を読破しなければ、神学校なんてそもそも入れてもらえないのでは、と思いつつ、慌てていたのを思い起こします。

 

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このたびのキリスト教基礎講座では、もちろん、S先生のテキストに沿ってのお話もいたしましたが、わたしが参加者にお勧めしたのは、いわゆる「聖書物語」と呼ばれる書物の助けを借りる方法です。

 

旧約全巻の流れが直ぐに分かる人は居りません。それでまず、聖書の大筋を知って頂くにはどうすればいいのか、ということを考えてみますと、「聖書物語」を先に読んでおいてから、旧約の一巻一巻をゆっくり読み始める仕方が、わたし的にはぜったいお勧めなのです。

 

なーんだ、子ども向けの本ですか?そんなのは勘弁して下さい、と思われますか。

 

でも、本当に馬鹿に出来ないのが、世にある多くの聖書物語です。何より、牧師の説教も、格調高さを感じるような語り口でよく分からない話をすることの方が簡単なのです。

 

故・井上ひさしさんが、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」と語られたことにも通じます。

 

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牧師であるわたくし自身が、このような聖書物語によってどれ程助けられてきたか、わかりません。

 

今でも時々開いてみることがあります。

 

自分の頭の整理にもなりますし、聖書を物語る、ということは説教の原点ですので、頭の中が整理されるだけでなく、聴き手の心に届きやすい言葉や表現についても考える切っ掛けとなるからです。

 

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もう一つついでにと言ってはなんでございますが、定番中の定番かも知れない、故・榎本保郎先生の名著『旧約聖書一日一章』にもお世話になって来ました。

 

これを傍らに置いて、旧約聖書を3章くらいずつ読むのも、良いものだと思います。

 

神学生時代に当時の校長先生による説教演習に近い時間を持っていたとき、同級生が指導教授からの「黙想が足りない」という指摘を受けた時にこう言いました。

 

「出来ないッスよ。せいぜい、おれらに出来るのは、榎本保郎先生の一日一章から考えるくらいしか・・・」と口にしたことが忘れられません。

 

話は戻りまして、とにかく、やはり写真にあるような聖書物語を手にされた方がいい、と今は考えているのです。その後で、旧約聖書とじっくり向き合って頂けると、概ねの筋が先に分かっているわけですから、理解度がぜんぜん違います。

 

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もう一つ少し違う角度からお話いたしましょう。

 

実に、福音書をはじめとする新約聖書を理解する上で、旧約聖書の面白さや勘所を押さえているか居ないかは、決定的な違いがあるのです。

 

何しろ、イエスさまご自身が、旧約聖書を聖書として読んでおられた方ですし、イエスさまが福音書を書かれたわけではありません。

 

例えば、富士山山頂を目指すことをイメージしてみましょう。

 

いきなり七合目辺りまでヘリコプターで運ばれたとしたら、確かに楽な部分があります。時間も相当短縮されるのです。

 

でも、それは登山の面白さの大半を捨ててしまっているのと同じです。登山口の辺りまで車でやって来る方法をとったとしてもです。

 

やはり、基礎と申しますか、土台と申しますか、山裾の美しさや入り組んだ道を知って居てこそ、山頂付近に達した頃の喜びの度合いが違って来るわけです。

 

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恥ずかしながら、のお話を少しばかり記します。

 

振り返って見ると、伝道者として駆け出しだった頃のわたくし。正直申し上げると旧約聖書から逃げたい、という気持ちをもっていたのです。

 

だからこそ、旧約からの説教に取り組みました。決してそれだけが理由ではありませんけれども、自らに言いきかせていたものです。旧約、きゅうやくも、キュウヤクから、と。説教者としても本当に勉強不足、力不足だったなぁと思います。

 

イザヤ・エレミヤ・エゼキエルなどの大預言書、その他の小預言書を一節一節ていねいに学び終えたのは、身体をこわしての休養中のこと。次の任地に備えて有り余る時間があったので、ようやく向き合えたというのが正直なところなのです。

 

ちなみに、旧約聖書の中の福音書と呼ばれることのある「詩編」の本格的な学びは、今、旭東教会の祈祷会でやっております。ようやく詩編60篇代に入りましたが、気合いを入れて150篇までというのはわたし自身、伝道者になってこれが初めてです。たのしみつつ、苦労しつつの現在進行形です。

 

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神さまのなさることは、みなその時に適って美しいなぁ、と思うことが、キリスト教基礎講座のある日には不思議に起こります。

 

8月13日(日)の10時15分からの主日礼拝の説教の中で、キリスト教基礎講座で語ったことに数度触れることになったからです。語り出す前にはそういう展開になるとは思いもしませんでした。説教の準備メモにも当然なにも記していません。

 

偶然そうなったのか、と言えば、そうではないと思います。神さまからすると必然なのです。そして基礎講座に参加されていた方の説教の理解度は、相当奥深いものになったのではと思います。

 

なぜなら、40分程前に、キリスト教基礎講座で聴いたことが、思いがけず、創世記19章のみ言葉を理解するときに証明されていったはずだからです。

 

お時間がありましたら、礼拝音声メッセージ・「http://kyokuto-words.seesaa.net/」の説教ブログで、8月13日の説教を聴いて頂けると何かを感じられるはずです。さいごの最後にどんでん返し的なことが語られます。

 

不思議だなと感じるところには、既に、神さまが働いておられます。はい。

 

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おしまいに、上にある写真の本の中で、特にお勧めを紹介しておきましょう。

 

1)『聖書物語365話』(斎藤寿満子訳)
*わたしの手元には〈同盟社版〉がありますが、講談社の文庫版が存在するはずです。誰かのところにいって、今見当たりません。訳者はわたしのたいせつな先生のお一人「寿満子先生」です。この本があれば、旧約聖書の大筋は必ずわかるようになります。

 

2)『はじめての聖書 1 旧約篇 古くからの約束』(こぐま社)
*これも素晴らしいです。簡潔ですが、決してあなどれないです。新約篇もあります。

 

キリスト教基礎講座の中では、他にも、あれこれと、わたし自身が取り組んで来た、旧約聖書の読み方についてのお話しております。

 

どうぞ、どなたでも参加できる講座ですので、興味のある方は、これから仲間入りして下さいね。ご一緒できる日が来ることを楽しみにお待ちしています。

 

なお、旭東教会では、おひとりお一人のご都合に合わせての、入門講座、聖書の読み方の講座も臨機応変に随侍行います。教会が初めての方、聖書を読んだことのない方も心配なくお問い合わせ下さい。それではごきげんよう。end

 

 

2017年8月11日(金)№ 128『 教会で戦争体験を聴くということ 』

2017年8月6日 平和聖日インタビューのひとこま。インタビューを受けて下さったのが真ん中の靖さん。聴き手は左が安佐子さん、右側が森牧師です。
2017年8月6日 平和聖日インタビューのひとこま。インタビューを受けて下さったのが真ん中の靖さん。聴き手は左が安佐子さん、右側が森牧師です。

 

こんにちは。皆さんの教会では、平和聖日をどんなふうにお過ごしになりましたか?

 

あるいは、まだ教会につながっていない方は、今年の夏、平和への思いをどのように深めるきっかけを持とうとしておられるでしょう。

 

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わたしたち旭東教会では、昨年に続いて、礼拝後の報告のあと35分程ですが、戦争体験インタビューという形でお話をお聴きする時間をもちました。

 

昨年は、光子さんより、広島県呉市に疎開をされていた当時のことを中心に伺いましたが、今回は、昭和4年・1929年生まれの靖さんがお話し下さることになりました。

 

写真がその時の一枚です。

 

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岡山空襲が1945年6月29日の未明にあった。

 

それは去年、会員の関係者が、高校生に舞台で演じてもらう形で、演出助手的な立場で製作に関わっておられたことから、私も(牧師のもりでございます)はっきりと知るようになりました。

 

岡山に来てから、まだ、3年目ですので、知らないことが当然たくさんあります。

 

それでも、今回、靖さんのお話を聴いていて、そうか、そうなんだと、B29の飛来の姿、大量の焼夷弾を落としていく様子が、これまでよりは、かなりリアルに思い浮かぶようになりました。

 

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当日は全部で16ページにわたる『岡山空襲の記憶』という冊子を教会内でも配りました。どうやら、小学生以上のお子さんたちの平和学習のための資料のようです。

 

そこには1944年11月29日から始まったと思われる、日本各地でのアメリカ軍による空襲の年譜がわかりやすくまとめられています。

 

もちろん、わたしたち、戦争に対する加担責任もありますから、その点は決してけっして忘れてはならないものです。零戦が奉納されることを祈願する、祈りを、日本基督教団はささげておりました。わたしたちはその責任を担って行くことも必要です。

 

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さて、インタビューを受けて下さった靖さんですが、実は、そのまま読み上げて下さってもよかった手書きの原稿が準備されていました。

 

88歳のご婦人がそれをまとめるのは、わたしがキーボード入力するのとはわけが違います。あっちこっちにしまい込まれていた情景、音、匂い、そして、恐怖や悲しみ。

 

そうしたものを紡いで下さるのに、どれほどのエネルギーが必要だろうか、ということを、今こうしてBlog・教会日記に書き始めて改め知るものです。

 

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とても小柄でいらっしゃる靖さん。お疲れになるのも当然だろうな、と思います。

 

インタビューが終わってからのほっとタイムというお茶の時間に、教会の方々と一緒に写っている写真には、疲労の色が感じられました。

 

へぇー、やっぱりそういうものなのか、と思うことがありました。それは、いつも靖さんと一緒に礼拝にお出でになるご長女の言葉です。

 

ひとづてに先日聴いたことですが、そのお嬢さんも、平和聖日礼拝で初めて、お母さまの空襲体験を聴かれた、ということです。この事実に触れて、わたくしあらためて、戦争とはどういうものなのか、を考えさせられます。

 

今は亡きわたくしの父方のクリスチャンの祖父が居りました。明治43年・1910年生まれで、平壌、現在の北朝鮮での少年院関係の仕事に就いていたことを知っています。しかし、平壌でのことについて殆ど語ろうとしなかったと思いますし、聴かせてもらう努力も、足りなかった。今更ながら思います。

 

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神の家族として生きるわたしたち。こんな形でお話を聴くことが出来るのは、とても意義深いことだと思い直しています。

 

いつもとは違う、遠いどこかに出掛けて行って戦争の恐ろしさについて学ぶ、ということではなく、わたしたちクリスチャンにとって日常空間である、礼拝後の報告時に、席を移動することなくお話に心傾けることが出来たこと。

 

これが何よりの恵みだと思います。礼拝の空間でこうしたお話を聴くこと。他の教会でもそれぞれ工夫をされているとしても、意外にむずかしいことではないかと思うのです。

 

そういう意味からも、わたしたち旭東教会、このような時間を続けられる限り、努力しながら、なんとか続けていきたいと考えております。

 

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わたしの母は昭和6年生まれであります。30数年前に52歳で召されていきましたが、中学生だったであろう母の終戦はどんな風だったのか。

 

残念ながら、わたしは知りません。父は昭和2年生まれ。父の終戦もはっきりと聴いた記憶がないのです。

 

これまた少し複雑な思いになります。そして、だからこそとも言えるかも知れません。

 

神の家族の証言を、教会の礼拝堂で、神の家族と共に聴き続けることをたいせつにしていきたいと。end

 

 


平和聖日インタビューの様子をもう少し写真でどうぞ Clickで拡大



2017年8月3日(木)№ 127『 〈病床訪問〉聞こえていますね いつも 』

病室をお訪ねしたとき、勝子さんのご主人の正さんが、可愛らしいお菓子の袋詰めと共にカードをくださいました。安佐子さんも、懐かしいお味のビスケットと冷たくて美味しい緑茶を準備してくださり、その後の歓談のときに頂きました。
病室をお訪ねしたとき、勝子さんのご主人の正さんが、可愛らしいお菓子の袋詰めと共にカードをくださいました。安佐子さんも、懐かしいお味のビスケットと冷たくて美味しい緑茶を準備してくださり、その後の歓談のときに頂きました。

 

入道雲がいちばんふさわしい季節を迎えました。

 

旭東教会のある西大寺からも、きょうの午後、北の方の空の端っこに、見事な入道雲たちが連なって見えました。うろこ雲も見え始めるのもそう遠くないかも知れません。

 

わたくし(牧師のもりでございます)なんとも言えず、幸せな気持ちになったものでございます。

 

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さてさて、7月30日(日)の夕方16時過ぎの嬉しい出来事をご報告したくて、今、「Blog・教会日記」を記し始めています。

 

この日、礼拝が終わり、午後の壮年会・女性の会も終了。いったん、休憩してから、市内にありますキリスト教精神に基づく病院の病床を訪問いたしました。

 

そちらの病院。

 

理事長先生から「賛美歌は、いつでも、遠慮なくおおきな声で歌って下さい、わははぁ」とのお墨付きも頂いておりまして、とても安心してお訪ねできる環境があります。

 

訪問先は、偶然お部屋が並んで入院治療中の、〈勝子さん〉と〈信治さん〉のお二人でした。

 

お部屋を訪ねたのは、それぞれのご家族である正さんと安佐子さん、そして、泰さんと寿子さん、そして牧師夫妻という組み合わせでした。

 

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うっかり、カメラをもっていくことを忘れてしまいましたので、病室での写真はありませんが、深く心に残る、ひとときを過ごすことになりました。

 

それぞれのお部屋で、いつものようにちいさな礼拝の時をもちました。

 

まず、〈勝子さん〉のお部屋では「主われを愛す」を賛美し、詩編139篇を朗読。このような一節がある詩編です。

 

主よ、あなたはわたしを究め
わたしを知っておられる。

わたしの舌がまだひと言も語らぬさきに
主よ、あなたはすべてを知っておられる。

 

 その後、メッセージを語りました。

 

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しかも、そのメッセージでは、教会の近況を、勝子さんに聞いて頂きたいと思い、ご一緒した方たちが勝子さんの枕元でお話しする、というスタイルをとったり、その延長線で、正さんが力を入れている野菜作りのことなどを、勝子さんに聴いて頂いたのです。

 

勝子さん

 

最近は、なかなか目をパッチリ開いてお話を聴かれるということが少ないとお聴きしておりました。

 

ところが、この日の勝子さん。

 

本当に不思議な位に、つぶらな瞳を開いてくださったのです。

 

賛美の時間もそうでした。また、皆さんの語り掛けの時間もそうでした。

 

「勝子、きょうはよかったなぁ、よかったなぁ」という正さんの別れ際の声掛けにも力が入りました。

 

我々、訪問させて頂いた一同も、幸せな気持ちになりました。お訪ねできてよかった、と心から嬉しくなりました。

 

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続いてお訪ねしたのは、お隣のお部屋の〈信治さん〉でした。

 

信治さんは大阪ご出身の方。

 

高校時代は、かつて高校野球で甲子園を目指すとしたら「波商」(現在の大阪体育大学浪商中学校・高等学校)だろう、という時代がありましたが、その「波商」野球部に部員が100名を超える位在籍された頃の球児です。

 

ですから、お部屋に入って直ぐに、夏の高校野球の話題を耳元でお話したあと、今度は「いつくしみふかき」を賛美し、詩編56篇の9節を読みました。

 

 あなたはわたしの嘆きを数えられたはずです。
 あなたの記録に
 それが載っているではありませんか。
 あなたの革袋にわたしの涙を蓄えてください。

 

**************

 

信治さんは、子どもたちへの伝道の重荷を喜んで負って下さる方です。

 

今、病床にあって、お声は聞こえませんが、祈り続けてくださっていることと思います。

 

ですので、7月23日(日)の「夏のファミリー礼拝」の様子を報告。久しぶりにお出でになった、Sちゃんの保護者のAさんが、教会で初めて涙を流されたこと、幾人かの方にhugされてホッとされたことなどもお伝えしたのです。

 

**************

 

その後のことです。

 

信治さんも、お身体を思うように動かすことができなくなって数年が経過。わたしも旭東教会に着任してからお声を聞くことができないままでした。

 

ところが、この日、わたしたち信治さんのお声を聴いたのです。

 

とは言え、それは16年ほど前のもの。キリスト教放送局FEBCさんから、つい最近ご家族の安佐子さんが頂いたCDの中の声です。

 

**************

 

在阪の頃、信治さんが当時在籍して居られた、大阪のとある教会をキリスト教放送局FEBCさんが取材に訪れ、その日の礼拝で、お祈りをされたのが信治さんだったことを奥さまの安佐子さんが思い出されました。

 

そして、旭東教会の1月29日の取材の折りに、「あの時の放送のダビングを頂けないでしょうか」とリクエスト。

 

なんと、旭東教会の取材に来て下さったスタッフの安保ふみ江さんが、7月23日(日)FEBCの旭東教会の礼拝がラジオ放送でオンエアとなる直前に探し出して下さり、録音を贈って下さったのでした。

 

**************

 

話は戻ります。

 

7月30日(日)の信治さんのお部屋でのちいさな礼拝時、その信治さんがお祈りされたお声も収録されている放送を静かにCDプレーヤーで掛け続けて待ちました。

 

そして、そろそろ礼拝のためのお祈りという時に、一同、心を合わせようとしたのです。

 

とその時です。

 

いつもはお休みになっていることが多く、お話をしても、どんな風に聞こえているのだろうか、やっぱり無理かなぁ、なんて思いそうになることもあるわたくしですが、信治さんのお耳、はっきりと聞こえていることがわかりました。

 

信治さん、ご自分の声がCDプレーヤーのスピーカーから流れ始めた瞬間、今までに見たことがない位に大きく目を開かれ、じっと耳を澄ましているではありませんか。

 

我ら一同、心からの感謝をこめて、信治さんの祈りに「アーメン」いたしました。

 

先程、安保ふみ江さんに電話で、病室での出来事をお伝えいたしました。安保さん、「スタッフ皆に伝えさせて頂きます」と喜んでくださいました。

 

**************

 

わたしは教会の日曜日が大好きです。

 

きょうは、どんな出会いがあり、どんな福音の出来事が起こるのだろうか、備えられているのだろう、と考えるとわくわくします。本当に楽しみなのです。

 

この日も、教会でもさまざまに嬉しいことがあったのですが、とりわけ、お二人の病室で小礼拝をまもったひとときは格別なお恵みに与れたなぁと思っています。

 

**************

 

今、旧約聖書のイザヤ書40章28節~31節を思います。

 

あなたは知らないのか、聞いたことはないのか。主は、とこしえにいます神
地の果てに及ぶすべてのものの造り主。倦むことなく、疲れることなく
その英知は究めがたい。
疲れた者に力を与え
勢いを失っている者に大きな力を与えられる。
若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが
主に望みをおく人は新たな力を得
鷲のように翼を張って上る。
走っても弱ることなく、歩いても疲れない。

 

**************

 

わたしたち、それぞれに、新たなる力を頂いたことを確信いたしました。

 

ぜひ、このホームページをご覧下さっているあなたも、このような福音の出来事、ご一緒してください。

 

教会員一同、心よりお待ち申し上げております。end